2019年3月20日    凱悦軒 香港
 
 香港のハイアット・リージェンシー(ホテル)はリージェントホテルから徒歩5分もかからない尖沙咀(チムサーチョイ)の一角にあり、1980年代半ばには築年数を経ているせいか、見た目は古ぼけた感じだった。
しかし3Fの広東料理店「凱悦軒」のメニューに載っている品々はオリジナリティにあふれ、古さを感じさせなかった。凱悦軒は広東語で「ホイユッヒン」と読むらしい。そのように呼ぶことはなくハイヤット・リージェンシーと言っていた。
 
 ホテルのレセプションとロビーの照明不足はいかんともしがたく、この明るさだと場末のホテルのようだと思ったこともあり、エレベーターの明かりもほの暗かった。さいわいなのは、凱悦軒内部は明るく、給仕の顔も料理もはっきり見えたこと。
 
 凱悦軒の定番の一つはパパイヤをくりぬいて、なかにフカヒレ、生ハム(スペイン産豚ハム)、カニ肉、野菜が入った実だくさんのスープ。英語名「Double Boiled Shark’s Fin in Baby Papaya」。具の内容からすればコクのある味と思えるがさにあらず。飽きのこないようにあっさり味でまとめている。
 
 ほぼ定番となったロールキャベツとコンプイ(干し貝柱=広東語)の合わせ料理も美味だった。「Steamed Cabbage Rolls with Conpoy」。ロールキャベツに入る肉は豚の挽肉ではなく豚のベーコンのみじん切り。これがおいしさの秘訣。和風味。
 
 新鮮なアスパラガス(時季によりグリーンまたはホワイト)を牛もも肉で巻き、甘酸っぱく、すこし辛い(少量のチリソース)味つけにした「Beef Rolls Braised with a Sweet and Sour Chilli Sauce」も定番。肉類でも薄くスライス(すき焼き用のスライス状)しるものを少量なら問題ない。挽肉も同様。
 
 ほかに定番となったのは、ホラ貝と季節野菜の炒め物。味つけは一度食せばとまらない薄味。大きめの車エビの断片と微量のニンニク、中国ネギ、せり、冬瓜を白い半透明のソースで炒めた一皿もおいしかった。そのときどきで、お腹の空きぐあいと相談しながら別の料理も注文したが、記憶に鮮明に残っているのは上記の品々。
 
 そして飯物、麺物となると、ザ・リージェント(麗晶軒)に記したイーフーメン(伊府麺)でもよかったが、凱悦軒にしかない飯物が定番となった。「Fried Rice in Baby Pineapple]である。小ぶりのパイナップルをくりぬき、あっさり味のチャーハンを入れる。パイアナップルの小片も入っている。伴侶のお気に入りだった。
 
 どの一皿も脂を感じさせない。食べやすく、お腹にもたれない。予算はデザートのマンゴー・プディング(ココナツミルク入り)、パパイヤほかの季節の果物を入れても6000円ほど(飲物別)。接待に向いておらず、行くのは伴侶と二人。
凱悦軒の給仕長は小柄で浅黒く地味、メガネをかけていた。見るからに実直そうな人だった。挨拶以上の会話を交わしたのはほんの数回、それも料理に関する質疑応答程度にすぎなかった。静かでやわらかな口調と物腰、自然な応対が印象的だった。
 
 1995年3月を最後に香港へ行っていない。凱悦軒はいまもハイヤット・リージェンシー(ホテル)にあるらしいが、往時の料理人はぜんぶ姿を消している。数段落ちていることはまちがいなく、したがって味は保障のかぎりではございません。

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