2019年3月15日    ザ・リージェント(麗晶軒)
 
 「ザ・リージェント」(麗晶軒)はかつてリージェント・ホテルの地下1階にあった広東料理店である。1980年半ばから1995年にかけての10年、香港へ行くとかならず夕食をとる店で、多いときは毎月だった。
香港やシンガポールには「〜酒家」と名のつく中華料理店が多い。「〜酒家」の定義はともかく、酒家と名のつくレストランにこれはと思う料理を出す店はほとんどない。特に香港はそうである。質の良いレストランは「‥軒」jか「‥楼」だ。
 
 そのころの香港にはコースメニューを置く中華料理店は少なかった。肉料理を好まない私のような者はそのほうが好都合。牛肉、豚肉、鶏肉ほか、どれをとっても肉料理は腹に入れるともたれる。
広東料理の身上は海鮮である。新鮮な魚介類を腕のいい料理人が調理する。日本では味わえない逸品を食べる。そうでなければ香港に通う値打ちはない。
 
 ザ・リージェントは香港在住の華僑や航空会社のクルー、邦人銀行香港支店の行員が円卓を占める店として知られており、毎夜常連でにぎわっていた。ザ・リージェントの「ザ」にはザ・ベスト・ワンの意味もこめられている。
倒産前、わが世の春を謳っていた日本航空。大阪発香港行JL701便Fクラスのアテンドをしていたクルーが近くの円卓にいたことも数回。お互い一瞬「あっ」という顔になったが、すぐに食べることと会話に集中した。
 
 料理人が腕によりをかけて創作したアラカルトは逸品、日本の高級中華料理店では味わえない奥深さと至高の味をかもしだしていた。ザ・リージェントへ行くメンバーはおおむね常連8名なのだが、美食の殿堂然とした雰囲気は接待向きでもあり、10年間に何度か招待用に手配した。
 
 定番アラカルトのひとつ、「巻貝のカレー味」は、小さめのホラ貝のなかにツブ貝の切り身を入れ、カレー&ホワイトソースのグラタン料理。貝殻は中火で焼いている。皿に粗塩を盛り、粗塩の上に巻貝。「Baked Stuffed Sea Whelk In Shell」の英語名。カレーと記していないのは、仕上げをご覧じろということだ。この創作料理はほかでお目にかかれない絶品。
 
 定番のひとつ、桃と貝柱(ホタテ貝)の炒め物は、熟れた白桃と新鮮でやわらかい貝柱が見事にマッチ。とろけるような舌ざわりの桃と貝柱のほかに余分なものは入っていない。
 
 「Kale With Black Mashroom」は何度目かにヘルシーですと給仕長に勧められて食した一皿。これが絶妙。ケールはキャベツの一種。早採りした未成長のケールとマッシュルームを湯引きして炒め煮した料理なのだが、すばらしい味付け。
さらなる定番はイーフーメン(伊府麺)。手打ち中華麺にアジア産細ネギの白い部分のみタテ切りにして入れる。麺とネギだけのあっさり味。しかし超がつくほどうまい。
 
 そのほかにエビなどの甲殻類や「ガルーパの蒸し煮&香草添え」もオーダーした。甲殻類はそのつど車エビとかロブスター、ズワイガニなどを適宜選ぶ。エビ料理にもヒシの実とセロリといった野菜類をが伴われていた。
ガルーパはハタの一種。蒸したハタを皿に置き、別鍋でダシをとった薄口しょう油味の煮汁をかけて香草(ハーブ)を散らす。ハタは淡泊な味だから煮汁が決め手となる。香草は適度の香りで、ギュッと締まったハタ(白身)の身に香草のさっぱり感が合う。他店でも食したが比較にならないほど美味。
 
 デザートはマンゴー・プディングだ。香港のマンゴー・プディングにはココナツミルクが入っている。だからマンゴーの酸味が抑えられ、まろやかな風味になる。
 
 接待客がいるときは「海燕の巣とカニのスープ」もメニューに加わる。海燕の巣は「Imperial Bird’s Nest」。アラカルトでも一人前数千円はした。いつものメンバーだけなら高価な料理は注文しない。高いか安いかは味の決め手にならない。予算と味はまた別で、お金をかけた分だけ見返りがあるとは必ずしもいえない。
 
 手頃な金額で極上の中華料理を味わう。それがガイド役たる者の真骨頂。2万5千円〜3万円でそれなりのものを食べるのはあたりまえ、1万円でそれと同等、あるいはそれ以上のものを経験するのが妙味なのだ。
ザ・リージェントの一人分の費用はおおむね9000円前後(飲物別)。接待時のみ約12000円。それでも王侯貴族の気分と満足感を得られるのが本当の香港グルメである。
 
 食は香港にあった。1995年3月を最後に香港へ行っていない。ザ・リージェント(麗晶軒)ほかの広東料理店で腕をふるった料理人も1997年の中国返還前にカナダなどへ渡った。リージェントホテルはインターコンチネンタル・ホテルと名を変え(買収)、名レストラン「ザ・リージェント」も消滅した。そして悠久とも思える時が過ぎていった。
 

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