Mar. 25,2015 Wed    女神は二度微笑む
 
 従来のインド映画といえば歌と踊りが入って、にぎやかというかやかましいというか、見終わる前の疲労困憊は避けられそうになかった。誤解を恐れずいえば、インドの極彩色のごとき濃い演出は数分見ているだけで目にくる。疲れ目である。それゆえ映画評論家と称する方々が讃辞を捧げても映画館へ足を運ぶ気にならなかった。評にかからない作品を高評価するにもほどがある。
 
 インド映画はノーサンキューでもインドを舞台にした映画は別で、近年では「マリーゴールドホテルで会いましょう」(日本公開は2013年2月)は出色。北西インドのジャイプールにやってきた英国中高年男女の行動は時間を忘れさせる。彼らはほとんど述懐せず、ドラマを川の流れのように進めてゆく。いい役者は観衆が内面をみつめるための一助をなすというけれど、観衆も彼らの呼吸に合わせてしまう。
 
 先週の金曜(3月20日)コルカタ(カルカッタ)を舞台にしたインド映画をみた。数週間前予告編をみて、助演男優(警官)の演技を感じさせないうまさと、主演女優の謎めいたしぐさにひかれた。「女神は二度微笑む」のタイトルはともかく、せめて一度は感心させてよと期するものもあった。
ロンドン在住の専従主婦がコルカタで失踪した夫の消息を探す。案の定、空港で乗ったタクシーはやかましかった。車内に流れる歌と音楽が度を超しているのだ。しかしこれはインド人のためのサービス、大音響はそこで終わる。終わらないのはすさまじい数の民衆と喧噪。
 
 はたして映画はおもしろかった。警官役男優は英国のうまい俳優を思わせる目の動き(静から動に入る目の使い方)が決まっている。名はパラムブラト・チャテルジーといってコルカタ出身、ベンガル語映画界の若手有望株という。。
すぐれた映画にはブログやホームページで得ることのできない何かがある。数年に一度あるかないかの極上のサスペンス「女神は二度微笑む」はインド映画のイメージを見事に払拭した。この数年、英国でもこのような作品はつくられていないだろう。この映画の圧倒的なおもしろさは、何が、あるいは誰が架空の存在かということだ。 
 
 映画をみた日は偶然3月20日。20年前、旅を終えて関西国際空港から南海電車でナンバに向かい、夜の地下街で夕刊を探したが、どの売店も売り切れ、梅田の売店でも新聞という新聞はなかった。その異様な状況に驚いているまもなく東京の地下鉄で大事件が発生したことを知った。「女神は二度微笑む」の冒頭は地下鉄サリン事件を想起させる。
 
 ところで、ことし2月下旬英国で「マリーゴールドホテルで会いましょう2」が上映された。2年前の作品と同じ監督、出演者もほとんど同じ顔ぶれ。日本でいつ公開されるか定かではないけれど、今秋か今冬には封切ってもらいたい。毒舌と豊かな経験、智慧を駆使し活躍する「ダウントンアビー」の老伯爵夫人バイオレット役の名女優マギー・スミスも健在だ。
 
 「女神は二度微笑む」は今週金曜(3月27日)で上映が打ち切られることになっていた。3月14日に公開されたのに、たった2週間の上映とは何たるありさまと憤慨していたのが聞こえたのか1週間の延長となり、4月3日まで上映される。ただし上映回数は1回減らされ1日2回。2015年度外国映画ベストワンに掲げる値打ちのある作品だけに上映期間の短すぎることが至極惜しまれる。

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