Sep. 20,2014 Sat    投票の行方
 
 どうでもいい人にはどうでもいいことだ。海外でおこなわれた投票結果がこんなに気になったのはいままでなかった。どのくらい気がかりかというと、投票に行きたかったくらいである。賛成多数・独立ということになれば不安になるし、反対多数で独立がつぶれたら胸が痛くなる。結婚離婚復縁いずれにしても厄介なことから逃げたい気分でもある。
 
 1707年にスコットランドがイングランドに併合されて、独立の気運が満ちたのは1745年から1746年にかけてステゥアート朝再興を期してイングランドと戦ったハイランド軍くらいで、しかしかれらはインヴァネス近郊のカローデンでイングランド軍に完敗した。爾来、再起の気運は衰退することなく、独立の道筋を探る動きはスコットランド議会で議論されてきた。
マグナカルタ、権利章典など民主主義を成文化してきた英国は住民投票というかたちでグレート・ブリテンからのスコットランド独立を問うた。独立して失うものの少ない人、あるいは多い人、そこが投票の決め手という考え方もあるけれど、そういう基準では推しはかれない何かが独立を望む人を動かしている。
 
 「Scotland」で書き記したことではあるが、スコットランドではウィリアム・ウォレスを崇拝する人が少なからずいて、スターリングにはウォレス記念塔がそびえ、スコットランド内外から訪れる人は多いし、小学生の社会見学地としても活況を呈している。グラスゴー出身の作家ナイジェル・トランターによると、「ウォレスは戦火で一つに鍛えられ、自由のために戦う」という概念を掲げて登場した。愛国精神などというが、当時(13世紀末)のスコットランドには国民とか民族といった概念はほとんど存在せず、ウォレスが持ち込んだといえるのかもしれない。
 
 ウォレス記念館はあってもスターリングの投票結果は、賛成40,23%、反対59,77%。6割が独立に反対なわけで、この〜!と文句のひとつも言いたくなる。スターリング有権者69,033人の6割はウォレス記念館などメじゃないのだろう。
私が感心したのはグラスゴーの投票結果である。グラスゴーの人口は約580,000人で、首都エディンバラの約460,000人をしのぐスコットランド人口最多の町。グラスゴー有権者486,219のうち、53,49%が独立に賛成した。エディンバラはというと、有権者378,012人のうち賛成はたった38,9%、反対が61,1%もいる。
 
 グラスゴーについてはNHKニュース解説者が反日新聞の朝日ばりに、グラスゴー市民はロンドンの中央政府に批判的だとか、貧しい労働者が多いとか、きいたふうな講釈を垂れていたが、おまえさんや識者なら寄らば大樹だろうけれど、グラスゴー市民の多くはそうじゃない、それに、中央政府に批判的なのはグラスゴーばかりではない、イングランドの町の半分はロンドンが決めることに批判的ではないか。朝日みたいに片手落ち(差別用語らしい)の見解や誤報を報道すべからず。
 
 BBCのネット版を読むかぎり住民投票の有権者は16歳以上の428万5323人で、そのうちの97%が登録して投票権者になっていたという。また投票率は84,59%で、過去最高であった1950年の英国総選挙の83,9%をしのぎ、スコットランド東部の町ダンディの投票率は90%だった。そのダンディでは有権者118,729人の57,35%が独立賛成に投票した。
 
 ダンディの投票結果が出た時点(32選挙区のうち8選挙区の投票結果が出たのは日本時間正午過ぎ)で、賛成は206,146、反対は207,587。賛成が49,83%を占め、賛成比率が最も高かった。しかし徐々に反対が差を広げ、32選挙区の開票がすべて終わった時点で賛成1,617,989、反対1,914,187。賛成は44,7%、反対が55,3%という結果だった。
 
 投票が始まる前、エディンバラなど都市部は反対が多く、賛成の多いのは郡部だけかもしれないと考えていた。反対が60%、賛成は40%と予想していた。グラスゴーやダンディがこんなにがんばるとは思っていなかった。賛成40%を4,7%も上回るなんて思いの外である。開票が終了したとき、ダンディやグラスゴーの集会所で悔し涙を流していた中高年の男女、あるいは若者の顔がまぶたに焼き付いている。
 
 投票直前になって、世論調査(世論調査は調査方法や調査傾向により数字が変わる)にまどわされたのか、独立した場合の英国の混乱、ひいては欧州・ユーラシアの混乱を憂いたのか、政治にクチをはさまないはずの女王がクチ出しした。スコットランドが大好きだったヴィクトリア女王ほどではなくとも、スコットランド好きのエリザベス2世がどう考えているか気になる英国人は多かったろう。
チャールズ、カミラには敬意を払わないとして、女王を敬う中高年はスコットランド郡部にいる。独立賛成派の一部が、「慎重に考えて」という女王の言葉に影響を受けたとしてもしかたない。
 
 スコットランド高地地方(ハイランド)の住民は低地地方(ロウランド)の住民をイングリッシュといい、低地地方(グラスゴーやエディンバラ)の住民は高地地方の住民をアイリッシュといい、何世紀にもわたって反目しあってきた。
ハイランド住民側からみたロウランド人観は、「祖先を誇りとせず、愛情を知らず、便利をもとめるばかりで、積極的に善をなそうとせず、冷たく利己的で形式を言い立てる」。 ロウランド住民のハイランド人観は、「世間が狭くて外界の事情に通ぜず、怠け者で向上心がなく、迷信深く、新時代への適応力に欠ける」。
 
 なに、思いあたるフシの一つや二つはだれしもあるわけで、小生なんかはあまりに多すぎて、まるで自分のことをいわれているような気がする。欠点は時として人間らしさ、と言い訳はしない。
永年イングランドとスコットランドを旅し、その両方を愛してやまない身として、独立を望んだ人たちの落胆にやるせない思いを禁じえず、誤解を恐れずいえば、私はイングランドよりスコットランド、特に高地地方の人々に強い愛着を感じる。
 
 高地地方は心のふるさとであり、安息地である。残り時間がどのくらいあるのかわからないけれど、独立したスコットランドを旅してみたいという思いは残る。300年の夢はついえ去っても、いつの日か再起をはかる時は来るだろう。敗れても敗れても再起を期す。私にはとうてい望めないことである。

前頁 目次 次頁