Jul. 22,2014 Tue    真夏の夜の夢
 
 夢をみたのは深夜ではなくすでに朝だった。知り合いのだれかが亡くなり、その人の遺族とは一度も会ったことはなかったけれど、故人の遺志とかで蔵書の整理を依頼されたところから夢ははじまった。約束した日時に訪問し初めて遺族に会った。奥さんは遠に死んでおり、家族構成についても故人はまったく話題にしなかった。
 
 遺族はその人の子で女性姉妹だった。妹は釈由美子に似ており、姉は志穂美悦子に似ているようでもあり、以前N航空梅田支店で発券業務に携わり、ご主人の勤務先異動で台湾へ行ったタガワという女性に似ている気もしたが、夢からさめると結局だれにも似ていなかった。
 
 書庫は整理されていて、床一面ダンボールが積み重なっていた。書庫に残っていたのは古い史料、年代物の文献、東洋文庫くらいで、わざわざ出向くこともなかったのにとも思った。だが、史料や文献のタイトル名を目で追うと、東洋文庫はともかく、これはと思えるものが少なからずあって、古書店で数十万はくだらないものもあり、そういうことを夢のなかで考えている自分は空蝉に近かった。
 
 「これとこれは数十万円の値打ちがあります。持ってる図書館も少ないでしょうから寄贈するか、でなければ古本屋に売るという方法もあります」と言ったらば、姉らしき女性が、「いえ、父の希望ですから」とこたえた。書名はおぼえていたはずなのに、夢からさめて少しの間に忘れてしまい思い出せない。はっきり記憶しているのは二度目の訪問以降の短い出来事についてである。
 
 たぶん数日後、姉から連絡があり再訪した。そのとき妹はいなかった。前に会ったとき、姉妹がどんな服を着ていたか忘れたが、このとき姉は白っぽいスカート、麻の半袖ブラウスのようなサマーセーターのような、縁取りの入ったU首、小さな貝ボタンが3個あって、ボタンの周りに小さな緑色の茶葉模様が刺繍されてあった。
何の話からかおぼえていない、というより何の話からでもなくいきなり洋画の話を姉がして、父が古い外国映画の資料を数多く持っていて、塚口駅前(阪急電車神戸線「塚口」駅)の自宅マンションに移送したのでご覧になりますかと言った。
 
 なりゆきで電車に乗り塚口で降り、駅前の陸橋を歩いていたら、以前部下だったニシヤマさんが前を歩いていた。水色に白い花柄のワンピースを着ていた。大勢で食事に行くときを除いてジーンズで通してきたから意外だった。背中か腰が痛いのか背面に手をあて、うつむきかげんの顔はゆがんでいた。5年くらい会っていないのに、5年前ではなく15年くらい前の年格好で40歳前後に見えた。ニシヤマさんは私に気づいていなかった。
 
 女性の自宅は人の住んだ形跡がなかった。マンションは古いのにドアを開けるとまるで別世界だった。リビングに家具調度品らしきものの姿は見えず、壁紙も床板も新品、特大の豪華な花瓶に見たこともない蘭の花がいっぱい生けてあり、部屋の隅に大きな書棚が立っているだけだった。
書棚を黙視し、次に私を見たのが合図なのだろう、私の手を引いて書棚に行き、反対の手で本を一冊取り出した。電車に乗ってからは無言だった。夢のなかで登場人物の次の行動は読めることが多い、が、この場面はまったく読めなかった。その本は映画関係どころか1980年代後半に出版された「森のイングランド」だった。それなら私も持っている。
 
 持っているのは知っていると女性の目は語っていた。本を手渡されて愕然とした。著者は私だったのである。追われるようにベージをめくったら、そこかしこに写真が貼ってあり、中世の衣裳を身につけた人々のなかに混じって私もその女性もいるのだ。ホームページじゃあるまいしと思ったのを察したのか、女性は裏表紙の見返しをめくった後、奥付の発行年月日を指し示した。
 
 そこには1582年第一刷発行と記されていた。著者は私に相違なく、発行者と発行所は空白だった。女性は意味ありげな目をしたがすぐに目を閉じ、何かを追懐するふうな顔をしたのも束の間、身体から香気が立ちのぼるようなあでやかな様子でテイク・ミーと言った。さわやかで凜然、波長の合う女性にある種の変化が生じ、意表をつく行動にでたとき私が魅了されるのを知っているかのごとく。
 
 そこで目がさめた。続きをみたいと思った夢は少なくない、だが、この夢の続きをみることはおそらくないだろう。連れて行かれるのは彼女ではなく私だからである。こんな話を家内にすれば、「中世か近世、だめでも19世紀の英国に行ってみたいと何度も言ってたじゃないの、行けば」と言われるだろう。英国ならまだしも、行ったことのない土地、それも現世とは違う場所かもしれず、そこで二度目の人生というのもなんだし。

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