Apr. 22,2014 Tue    ベサメ・ムーチョ
 
 70数年前メキシコの若い女性がスペイン語で書いた曲ベサメ・ムーチョは各国でさまざまな歌手が歌っている。ポール・マッカートニーも英語ではなくスペイン語で歌っている(1995年ザ・ビートルズ・アンソロジー1)。
いまさらという気もするけれど、4月14日深夜BS放送「ローレライ・コンサート」のアンコールでプラシド・ドミンゴの歌ったベサメ・ムーチョがよかった。
 
 会場にいたわけのものではないから俎上に乗せるのもなんだし、テレビを見たのは、偶然チャンネルを変えると番組が始まっていて、開始からすでに小一時間たち、ちょうどそのとき喜歌劇「ほほえみの国」の「君はわが心のすべて」をドミンゴが歌っており、いつもはああドミンゴかくらいにしか思わないのに、過ぎし日のコンサート通いが不意によみがえった。
 
 「君はわが心のすべて」は大阪シンフォニーホールで開催されたメラニー・ホリディ出演のジルベスターコンサートの定番で、共演者リシャード・カルチコフスキーが歌っていた。そんなに有名とは思えないカルチコフスキーの澄んだ声と、癒やし系ともいえる地味な歌唱力は特筆もので、きらびやかで躍動感のあるメラニー・ホリディ、端正な面立ちの指揮者ウヴェ・タイマー、ウィーン国立歌劇場舞踏会オーケストラとともに記憶に定着している。
 
 10年間シンフォニーホールで新年を迎えたが21世紀になって、メラニーが来日しても大阪公演はなく、カルチコフスキーもショパン・アカデミー(ワルシャワ)教授のほうが忙しいのか来なくなり、大晦日もつまらなくなった。
メラニーのステキなところは、歌唱力はそれほどでもなく、肺活量が小さいのか高音部は長続きしないが、エンターティナーぶりを大いに発揮し、「ウィーンわが夢のまち」や「熱き口づけ」(喜歌劇「ジュディッタ」)を歌うとき、メラニーならではの華やかさで10年にわたり客席に一体感と高揚感を与えつづけたことである。
 
 オペラの世界は広く、ウィーンには喜歌劇(オペレッタ)専用の「ウィーン国立フォルクスオーパー」があって、オペラ専門の国立歌劇場の演しものがイマイチならオペレッタをみるほうがいいこともある。
選りすぐりのオペラ歌手は格別である。「ローレライ・コンサート」で共演したミカエル・エステという比較的若い女性歌手と73歳ドミンゴの二重唱「唇は語らずとも(喜歌劇「メリー・ウィドゥー」より)」はメラニーと甲乙つけがたい。ミカエル・エステは日本ではほとんど知られていないと思う。
 
 「唇は語らずとも」の前にミカエル・エステは「熱き口づけ」を歌った。これがまた出色。メラニー・ホリディの明るい歌い方に対して色気十分、キャラクターや歌い方の違いがソプラノ歌手を色分けする。喜歌劇「こうもり」にシャンパンの歌「ぶどうが燃えたぎって」という三重唱(男2女1)がある。タイトル通りのあぶない歌で、米国人メラニー・ホリディがはちきれんばかりの肢体から香気を発散させた。しかしそれはもう昔のこと、オペラの世界も世代交代は進んでいるのだ。
 
 ローレライ・コンサートはドイツ・ローレライ野外劇場においてバーデン・バーデン管弦楽団、指揮ユージン・スミスで2013年6月30日に催された。不勉強ゆえローレライ野外劇場がドイツのどこにあるのか知らない。映像はライン川らしき川を映していたので川沿いにあるのはたしかである。
73歳のドミンゴ、往時の色気はなりをひそめた感はあるけれど、ベサメ・ムーチョの歌いっぷりからは精力減退は感じられず、まだまだという風情だった。が、「こうもり」の「1週間もただひとりで」をミカエラ・エステ、エンジェル・ブルーと三重唱したとき、ドミンゴより背が高くグラマラスで若さいっぱいのエンジェル・ブルーと並ぶと年齢は隠せず、とうとうドミンゴも底をつきかけたかと思わせた。
 
 ドミンゴは私より8歳も年上、まして住む世界がぜんぜん違うのに、ベサメ・ムーチョのテンポが良く刺激的だったのか、いよいよ世代交代かと観念せざるをえない春の夜でありました。

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