Mar. 24,2014 Mon    エディンバラのピザハット
 
 40代までは思いもよらなかった、一度きりの出会いがこんなにも尾を引くとは。1999年は6月と10月にスコットランドを旅した。6月は約3週間レンタカーでコッツウォルズ、北ウエールズ、ノースヨークシャーとイングランドを北上し、最終目的地のエディンバラで車を返却、古色蒼然たるスコットランドの首都に3泊した。ところがこの3泊がいけなかった。短すぎたのだ。
 
 6月末、帰路についたとき秋のスコットランド行きを決めていた。当時、格安航空券は9月30日と10月1日とでは運賃に隔たりがあり、1日違うだけで10月1日出発のほうがかなり安く、予算を調整するにしても楽、10月1日出発の旅程を組み立てることにした。6月の英国の旅は特別だった。
20代はイタリアの爛熟の跡に、30代はスペインの光と影に、40代はドイツの車と文具の精巧さ、オーストリアの音楽、チェコの潤い、南仏の闊達に魅せられ、ポルトガルの栄華の名残に酔った私は、50歳で英国カントリーサイドの美しさのとりこになった。6月のイングランドはみるものみな美しい。誇り高く生き、社会に貢献しても葬儀の参列者は天候に左右されるといったのはだれであったか、初夏のイングランドはシャワーレインと呼ばれる驟雨はあってもよく晴れる。
 
 イングランドと異なるのは、初夏のスコットランドには一日に四季があることだ。晴天時は暖かさを感じるが曇るとうすら寒く、雨が降れば一気に気温は下がり、ストームを思わせる雲の色は黒紫色、雲のなかが燃えているかのようだ。そういうときかならず真冬並みの寒さになる。
初夏でさえそうなのだから10月のエディンバラは毎日が冬で、空気がひんやりして気持ちいい。10月のスコットランドは格別だった。心の深奥に響き、しみ入る旅だった。エディンバラの旧市街は深くなじんだ人のような独特のうれいを帯びている。なつかしく、いとおしく。過度の追懐は身体に毒と思うこともあるけれど、思い出すときは昔の私をと言いたい気分になる、年老いた女みたいに。
 
 ヨーロッパにはひとりになりたがるのは魔女だという修辞がある。邪悪で孤独な女はひそかに呪文を唱える。
どういう状況だったのか聞きそびれたが、「明るい声ですし食いにいこうかとさそってくださったKさんを思い出します。OB会に出ればなつかしいみなさんとお会いできるのです」と言った後輩女性がいた。仲間とすし食いには昭和49年ごろだと思う。魔女の攻撃に屈さない早稲女、蔭でそっと見守る50年卒の男たち、遠からずOB会はその世代が中心となるだろう。
 
 町を歩いていて美しい女性が少なくなったと家内はいう。なぜかと問われても困るが、たぶん行儀の悪さが顔に出るからではないだろうか。若い女性に顕著であり、中高年にもそういう傾向はみられる。親の躾も、自らに課す躾もなっていない。落ち着きがなく、自省自戒の回路は欠落し、我慢すべきときに我慢せず発散する。何事も食い散らかして他者の立場に立たない。そういう行儀の悪さが顔にも行動にも出るのだ。
 
 どこにも行儀のよくない人間はいるけれど、スコットランドで生活したわけではないけれど、私の知るスコットランドには行儀の悪い人間はいなかった。99年6月下旬、エディンバラで急にピザが食べたくなって、ハイストリートとノースブリッジの交差点近くのピザハットに入った。午後の遅い時間帯が幸いしたのか、私たち夫婦のほかには一組の客しかおらず、従業員がすぐさま注文をとりにきた。
年のころは22、3歳、スコットランドの女性にしては背丈160センチくらいで小柄ともいえる従業員を見て私はドキッとした。とびきりの美女というわけではないのだが、凜とした面立ち、大きな目、濃褐色の髪、颯爽としてきびきびした動作、スカートからのぞく長すぎず短すぎず形のいい脚、均整のとれた体躯、地面に踏んばるような立ち姿、最初のひと言を発するとき少し首を傾ける癖。
 
 「まだサービスタイムなので向こうのカウンターの生野菜は無料、カリフラワーも生です。噛めば抵抗感があるかもしれません」。聴きとりやすく、てきぱきして意志の強そうな声の調子と独特のツヤ。初夏の風のようなさわやかさと躍動感。ピザの味は忘れても、行儀がよく美しい立ち居ふるまいと表情、そして声はいまもおぼえている。
 
 同年10月上旬、再びスコットランドの地を踏んだ私はエディンバラに3日間滞在した。ピザハットに行くかどうか迷ったあげく行かなかった。もう一度あいたいという気持ちはあったが、行ってもいないのでは、もうやめたかもしれないと思った。行けば簡単にわかることなのに、行って存否を確かめることさえしなかったのは、初夏の出会いが烈日のごとく記憶にとどまっていたからだ。それでもう十分である。
 
 再会すれば忘れられるかもしれないのに、再会しないから忘れられない。あれから15年、女性は37、8歳になっているだろう。たった一度きりの、わずか3分の交流は消えない記憶となっている。ときどき、一瞬と永遠は双子ではないかと思うことがある。その後エディンバラへは行っていない。

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