Nov. 23,2013 Sat    あの日に帰る(二)
 
 今月にはいって喪中はがきが頻繁に舞い込むようになった。その数例年の倍以上である。多くは親の死だが、なかにはご主人の逝去もあった。
家内のポートピア81・ダイエーパビリオン時代の同僚、年若コンパニオンTTさんの伴侶はことし50代で亡くなられた。TTさんは癒やし系。癒やしの程度は、癒やし系の家内をして「わたしはTTさんの足もとにも及ばない」と言わしめるほどである。
 
 会っているだけで人を癒やすタイプの癒やし系はそう多くはないと思うけれど、TTさんはそういう人なのだ。
問題なのはTTさんを癒やせる人はいるのだろうかということである。ひとくちに癒やしといっても、包み込むように癒やす人もいるし、マイナスイオンのように癒やす人も、あるいは快活な笑顔を引き出して癒やす人など、人さまざまである。
 
 過日「最強のふたり」(フランス映画)をみた。首から下が麻痺している身障者と介護人の友情と絆をえがいている。パラグライダーの事故で不自由な身体となった中年の男性と彼より若い一般公募の介護人。共通点は皆無にひとしいふたりがどのように絆をそだてていくかについての進行状況も興味深いが、同情も憐憫もノーサンキューという身障者の気持ちをなぜか分かっていて、決して逆撫ですることなく自らの地金だけで接してゆく介護人の家庭環境もおもしろく、よくできたドラマの常としてそれらは重層的に絡み合う。
 
 若さの片鱗が一片でも残っているなら、年寄り扱いされるのは片腹痛いだろう。老人も身障者も外見、障壁の差異はあっても現状とちがう過去の自分をおぼえている。鏡のなかに少し若く、少しマシな自分をみているのである。そのあたりの理解を欠く人たちの付き添いを含むサポートは避けたいと願っている。そんなことは時がたてば誰にでもわかることだ。
 
ことし6月、松山市道後温泉で催されたOB会の二次会後、後輩の部屋で小一時間談笑したさい、この春、奈良日帰り旅行に出る前、行きつけのスナックの女性従業員に声をかけたところ断られたという話をHKがした。それを聞いていたU君が「何歳くらいの女性ですか」と問うたので、HKは「30代」とこたえた。
するとU君、K君が異口同音に「30代はムリですよ、50代なら来ましたよ」と不埒なことを言った。バカを言っちゃいけません、30代だからこそ声をかけたのである。同伴に意味があるのではない、相手が若いから、声をかけた人が自らを若々しいと思えるから意味があるのだ。
 
 若々しさを失えば、帰れるはずのあの日に帰れない。あの日に帰るから若さを取り戻すことができる、もしくは若さを保つことができる。男は女とちがって灰になるまで男を保てない。世の中は広いから灰になるまでという男がいるかもしれない。が、ふつうはそこまで保たなくてもいいと思う。なに、それが常識ある男の矜恃というものだ。
これは見栄やホルモンとは別の話である。誤解をおそれずにいうと、思索の淵にかかわる話である。男の若々しさには限界があって70代で底をつく。ふつうの健全な男は、せめて60代まではとひそかに考えている。 
 
 高校時代、イアン・フレミング(1908−1964)の007シリーズを読みあさったことがあった。奥の細道や草枕にも魅力はあったけれど、007シリーズにはスパイ小説半分、旅行書半分のおもしろさがあり、名門ホテルとそこのバーのある種リッチな雰囲気に魅せられた。外国旅行とグルメ。ジェームズ・ボンドが注文するドライ・マティーニ、朝食のかりかりに焼いたベーコン。ベーコンはともかく、想像力をかきたてるには充分だった。
高校生の想像するドライ・マティーニは本物より妖しい味がした。007シリーズをしこたま読んで不明瞭な固有名詞を図書館で調べた。その熱意たるや受験勉強の比ではなかった。小生の旅の原点は兼高かおる世界の旅とイアン・フレミングの007にあるといえるだろう。
 
 高校の英語で週一回、英米の作家、評論家の文章の断片を集めた副読本を使った授業があった。S・モームの「サミング・アップ」ほかのエッセイにイアン・フレミングとおぼしき人物が出てきた。フレミングは戦時中、英国の諜報部に所属していたらしい。モームとフレミングはなにがしかの親交もあったという。英語教師からエッセイの訳出を指名された小生、よせばいいのにフレミングと007に言及してしまった。そのときの教師のニヤリと笑ったあの顔、いまでも忘れられない。中年の英語教師もイアン・フレミングのファンだったのである。
 
 映画化された007シリーズ第2作目「007危機一髪」(原題はFrom Russia with Love=ロシアより愛を込めて)はイアン・フレミングとジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーの名を世に知らしめた。数々の名場面が浮かぶが、強く記憶に残っているのは冒頭の部分、巨大な看板のマリリン・モンローの唇からボンドがロープをつたって降りてくるシーンである。およそ50年前、日本が高度成長の舵取りを切り始めたころ製作された。その後高度成長は終焉したが、あのシーンは終演していない。マリリンの唇も色あせていない。60代が色あせていないように。

前頁 目次 次頁