Jan. 22,2006 Sun    エスコート
 
 古美研の先輩で懐かしいのは、庭園班の大先輩・原田さん、石彫班の石上一雄さん、彫刻班の萩原さん、そして「一家」に登場していただいた建築班の川崎聡さん、伊藤さんなどである。
諸先輩に共通していたのは、理解力、思いやりの気持が卓越していたこと、スマートな頭脳を持っていたこと、そしてこれが重要だと思うのであるが、エスコートの達人であったこと。とはいってもエスコートの仕方にそれぞれの個性は反映されるもので、原田さんは丁寧に、石上さんは涼しげに、萩原さんは熱っぽく、川崎さんは照れながら、伊藤さんは初々しくエスコートしておられた。
 
 エスコートされる側の女性はどうであったのか。女性の好みは多岐にわたり、涼感にかぎると思う人、お熱いのを好む人、かゆい所に手が届かなきゃと欲ばる人、急所を突かれて目ざめる人など十人十色。
エスコートスピリッツに欠かせないのは愛と善意であるが、愛や善意があっても万事うまくいくとはかぎらず、愛あればこそ事をこじれさせる場合もあり、善意があっても行き違いの生じることもあり、愛と善意の行きつく先は往々にして不明である。
 
 そこでわが庭園班である。HKと私は、はっきりいってエスコートは苦手だった。 HKはエスコートするのが億劫だったのかもしれない。私は恐ろしくて、逃げるか人任せにすることが多かったように思う。エスコート途上で口説かれたらどーおしようと妄想をはたらかせたことはあったけれど、口説くことは思いもよらなかった。そもそも「口説く」という文字は私たちの辞書になかった。
思いは正面、行動は背面、心バラバラ。ありていにいえば、言い寄られるのを待っていたのだと思います。自分が送り狼になるのではなく、女性に送られ狼になってもらうのを期待していたのかもしれない。嗚呼、なんという消極さ、棚ボタさ、心得違い。そんな私たちとは対照的に五大老(阿部、内田、桑島、水谷、満田の各君)は細かいことに拘泥せず、いとも簡単に同期や後輩女性をエスコートしていたのではなかったろうか。KY君は楽々と、U君は凛然と、MK君は敢然と、MY君とA君は律儀に。
 
 五大老に見習うべき点は多々あった。しかしながら、横目でやりすごすほかなく、持つべきものは良き後輩、そう思いつつ、そのうち忘れて三年過ぎた。それから三十有余年、五大老は昔のままであった、唯一A君以外は。ほかの大老は4〜5名までならエスコートできると思うが、A君なら一度に30名のエスコートができるのではありますまいか、その名人芸で。

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