Oct. 28,2013 Mon    ポートピア’81 ダイエー館同窓会(2)
 
 結婚披露宴とちがって同窓会のいいところは、娘を差し出して悲嘆に暮れる父も、息子を取られて暗澹たる気持ちの母も、宴の費用をはじく親戚もいないことである。だれもうちひしがれず、傷つかない楽しい集まり、それが同窓会のあるべき姿だ。そういう意味において10月27日正午から大阪市内の日本料理店でおこなわれた「ポートピア」ダイエー館の同窓会は追懐が飛び交い、充足に満ちた同窓会であった。
出席してもいない小生がそんなことをいうのもヘンだが、出席した家内の話と家内が撮影した約40枚のスナップ写真をみると、出席者がポンと飛び出すかのように生き生きしている。下の画像はスナップではなく人物は飛び出さない。
 
 出席者12名というのも幸いしたようである。テーブルの端と端の話し声のぜんぶでなくてもおおよその会話が耳に入ってくるし、皆の表情を見て取れるから会話に参加していなくても参加したような気分になる。ひとり仏頂面をしていると全員にわかるからヘンな顔もできない。少人数だから打ち解けるのも早い。あれやこれやに気をもむこともなく、出席した人たちはすぐ打ち解け、会話ははずみ、笑い声が絶えなかった。
 
 ダイエー館の星ということで桂三枝(現・桂文枝)のテレビ番組に出演したINさん。当時のビデオをみると、三枝の突っ込みに対して見事に対応していた。すらりと伸びた背丈、地肌美人、それよりもなによりも堂々としてウイットに富んだ内外面はとうてい21歳に思えなかった。年上からみても姉御肌にみえ、なのに楽しい人なので、現在も慕われている。
 
 KSさんは、INさんに勝るとも劣らない美形、しかも身長170センチ+α、スタイル抜群。けれどなぜかテレビ出演はなかった。時代を先取りしたようなKSさんの容姿は当時のダイエーのイメージにそぐわなかったのかもしれない。あるいは、テレビ局のカメラがKSさんのインタビューを撮ってはいたけれど、編集時にカットされたのかもしれない。
年長の家内と面接会場で会話を交わし、採用後の研修会場で再会の喜びを分かち合ったこともある。ダイエー館のVIPルームでKSさんの祖父を真ん中に、二人(KSさん&家内)が両側に座って撮った記念写真がある。小生はピップエレキバンの藤本会長とまちがえた。よく見ると会長よりずっとモダンな方だった。
 
 KNさんはポートピア’81当時すでにこれはと思う人がいて、その男性がダイエー館にきたとき、最年長のリーダーOさんから「逃がしたらダメよ」と言われた。すこぶるつきの美男で、身長170センチのKNさんより背は高く、みるからにカッコよかったという。さいわいにも二人は生活を共にしている。残念でならないのはOさんが若くして逝去されたことだ。
KNさんの伴侶はわがOB会の宴会部長A君と勤務先を一にしており、出身校は異なるが勤務先ではA君の後輩である。職務がら転勤の連続、博多から東北まで異動に次ぐ異動があり、横浜で終わりそうにない。
 
 ARさんは家内と同じ兵庫県T市在住で最年少、弱冠19歳(神戸博開催時)、現役女子大生でコンパニオンをやっていた。当時の写真をみても突出して幼顔、ほかのコンパニオンも口には出さずとも「なぜ」と思ったろう。それがいつのまにかセレブふうマダム。屈託がなく話術に長け、座持ちもいいので、同窓会になくてはならない人物のひとりである。
そのARさんとKNさん、アレのいけるほうらしく同窓会中盤からビールを酌み交わしはじめた。が、二人で酒盛りしているみたいに見られるのもどうかと思ったのか、2本ほどでやめてしまった。ARさん、同窓会前日にヨドバシでDVDプレーヤを購入後、家内にメールを打ってきた。「DVDプレーヤーを買いました。DVD(32年前、ダイエー館関連のテレビ番組の多くを家内は録画していた)持ってきてください」。
 
 元コンパニオン全員の横顔を紹介できないとしても、いまでもかわいいいNYさん、軽快で記憶力のいいFMさん(当時は現役女子大生)、ふんわりして会っているだけで楽しくなるOMさん。家内のテンションが高くなるのもムリはない。
それにしてもそろいもそろったり、コンパニオン8名は顔もヘアースタイルも個性も雰囲気もまったく異なり、それぞれが独自の光彩を放っている。そして今回は欠席したが、つやつや美肌美人+丁寧+歌唱力のTHさん、MBSの松井アナのお気に入りだった癒やし系アイドルTTさん、震災体験を描いて県立美術館にNHK神戸が出品を依頼したHKさん、写真のなかにいないのが心残りです。
 
 平成元年から平成7年まで重度のアトピー性皮膚炎と闘い、あきらめずに克服しようと生き、あきらめかけたところで大震災に被災し、九死に一生をえて開き直り、食療法をやめたら3年後に奇跡的に快方に向かった。同窓会に出席したくても、顔、首、腕、手はやけどがただれたような状態になって体温は常時37,2度、人前に出ることもなく、日没後クルマで人の入っていない小さな映画館の最終回(洋画)をみに行くのが精一杯の生活を送ってきた家内。足かけ10年にわたる病魔との闘いだった。昨年1月15日、晴れて同窓会に出席できた。
 
 そのときの家内の挨拶である。
「長いあいだ病気に苦しんできましたが、やっと出席できました。ダイエー館を見ずしてポートピア81を語ることなかれとまで言われ、半ば伝説化したパビリオンで、みなさんと共に仕事させていただけたことを誇りに思います。もっと前に同窓会に来たかったです。」
 


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