Oct. 23,2013 Wed    二人合宿(二)
 
 二回目の二人合宿は二日とも雨だった。一日目10月19日午前11時からの修学院離宮参観・85分は幸いにも雨上がりでよかったけれど、二日目の大美和の杜(大神神社)は本降り、聖林寺で小雨となり、當麻寺に到着した午後1時、雨はほぼやんでいた。「当麻寺駅で別れてから太陽が顔を出すなど、意地悪な天気でした」と朋友HKが記したように今回の空はつれなく、HKのことを雨男と冷やかす気持ちも薄れてしまった。
そのかわりといってはなんだが、前回の二人合宿・会食時とちがって小生の家内がいなかったせいか、奈良の小料理屋でHKの舌(前回の会食時も饒舌でした)は脂が乗ってよく回り、飲んだのは生ビール一杯と奈良の冷酒一合だけなのに、あっという間の3時間だった。
 
 こういう場所はふつう2時間がいいところで、3時間もいたのだからもう少し酒をたのめばよかったとHKは言った。(OB会時に較べて)少量の酒で酔ったとHKが言ったのは酒量に依るのではなく話量に依拠する。酒ではなく話の質量に酔ったのだ。金沢片町でふだんどれくらい飲んでいるか知らないし、較べてもあまり意味はないだろう。
「氷雨」(日野美歌)の歌詞に「私酔えば家に帰ります」とあるが、そうそう酔ってもいられない。翌日、大神神社と聖林寺で各々「子授かり」のお守りを買い、買ったことのないものを二つも買って(奥方に)ヘンに思われるかナとつぶやくHKに父親の一面をみたのは神仏の思し召しか。
 
 学生時代の思い出話をするときの自分の顔はほかの人々どうよう甘く苦い面相になっているのだろう。2006年11月5日、「時の傷」に記したことではあったが、それと真逆なこと=(あのころ)消極的だったから今の自分があるというような=をHKは言っていた。言ってることは真逆なのだが中身は一緒なのかもしれない。友との語らいは穏やかで穏やかならず、心浮き立ってとりとめなく、時間がいくらあっても足りない。
 
 わずか3時間。決してしゃべりすぎたとは思えない時間のなかで、自意識過剰というか独特の衒いというか、よくはわからないけれど、追懐は酌み交わす酒よりはるかに渾々とわき出るものであるだろう。そうでなければ「書き句け庫」なんて書いていられようか。加齢とともに思い出す力はおとろえるという。反面、覚える力はたいしておとろえない。そうであっても、特別な状況や、心ときめくシーンは容易に思い出せる。
 
 女性の手さえ握ったことがない、あるいは積極的に行動できなかったこと、ときめく行為の少なかったことがときめきを呼ぶような、それゆえに現在のHKがあるというような、葉隠に示された「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」と思えるような。
忍ぶ恋であったなら老境にさしかかってなお影を追うこともないだろう。はげしい恋に身を焦がし、成就し、共に暮らす準備をしても、心がこわれればお終いである。後悔のない恋なんて存在しない、それだけは確かだ。だがいまでも、何もしないより当たって砕け散ったことに得心している。
 
 昭和45年11月、三島由紀夫の自死の数日前、Mさんから手紙が届いた。10月のある日、「豊饒の海」一作目「春の雪」をMさんに貸した。「女生徒」に似ているんですってねと学館で声をかけられたことがきっかけだった。HKに女生徒云々の話をしたのがそのままMさんの耳に入ったのだ。学館で三島と太宰の内面が似ているという話をしたかもしれない。
大学紛争で校舎が閉鎖され、帰省していた小生への予期せぬ手紙には、「あるのかどうか意識しないのに、なくなったら息ができない」と書かれ、末尾にミスターエアーさまと記されていた。それがすべての始まりだった。
 
 連続ドラマと実人生はまったくといっていいほど異なる。実人生では自らが演じる生き方以上の演技は結果的にできないが、すぐれたドラマ(日本ではほとんどみかけない)の登場人物は時として実人生を超える演技を、演技を超える演技をやってのける。もはやそれは演技ではない。
英国やフランスの名優は演技していない。演技と思わせるならたとえ名演とほめそやされてもほんとうはそうではない、名演の至極は演技を感じさせず、人を酔わせるのだ。そしてドラマや映画を名作たらしめるのは私たちの感性と体験なのである。
 
 ここでいうところの名優は主役級の俳優という意味ではない。脇役になんと名優の多いことか。英仏の脇役だけで制作された映画やドラマのいかにおもしろいことか、まさしくそれは実人生において自分で思ってもみない何かが表出・発揮されるがごとしである。
小生においては家内もいれて他者のために生きることが自らを生かすことであり、生かされていると感謝することが本望であるかのごとし。素質の問題はあるとして、大根は怠慢の土にはえると思うこともある。が、怠慢は時として心地よい。うずたかく積もった落ち葉の道を踏みしめるのが心地よいように。
 
 と書き連ねていたら仲間のAさんからメールが届いた。「室生寺に行かれるようでしたら、よろしければご一緒させて頂ければと思っています」。大美和の杜から聖林寺へ車で移動中、次は室生寺に行こうかと話したら、HKが、だれかほかに行く人いないかなと呪文みたいに唱えたのだ。ということで来年の新緑を待って室生寺へ。
 


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