Feb. 19,2012 Sun    松山愛佳
 
 あれからもう25年くらい経ったろうか、その当時、調布にあった松山政路宅を訪ねたのは。長女の果琳ちゃんは小学校から帰っておらず、次女の愛佳ちゃんが現れては消え、消えては現れた。活発というよりちょこまかという感じはどこにでもいる4歳の子どもで、顔もからだつきも父親に似ていた。
 
 松山政路の奥方は関西出身、淡島千景をたよって弱冠17歳で上京、粘り強さに根負けしたのだろうか、淡島千景は当時木挽町にあった自らの事務所の従業員とする傍ら女優の修業をさせた。芸名は紅景子。景子の景はいうまでもなく千景の景である。5年ほど前、プチ合宿に参加した面々が奈良・菊水楼で会食中、紅景子のことが話題になった。学生時代の同好会(古美術研究会庭園班)の後輩が、「わたし知ってますよ、紅さん。だって名前が同じですから」と言った。後輩の名も景子なのだ。
 
 ママの母(愛佳ちゃんの祖母)は幼くして祇園花見小路の茶屋に奉公に出され、自立するまで茶屋のおかあさんとその娘さん(娘さんといっても大正14年生まれ)に仕えた。自立後も茶屋の娘さんに対して主(あるじ)に接するように接した。茶屋はすでに廃業したけれど、家屋も身内も同じ場所に存在する。私は高校3年の冬から春にかけてそこの2階に下宿していた。
 
 愛佳ちゃんはおばあちゃんの料理に慣れ親しんで育った。舞台女優に無理はつきものとしても、ママは無理をしすぎて、出産後さまざまな病気にかかり、入院治療で帰宅もできず、必ずしも日々の食卓を支えることはできなかった。おばあちゃんの料理の腕前は、私は料理をごちそうになったこともあるが、名人級である。椀物のだしの口にパッと広がるふくよかさ、煮物のかたちと色の美しさ、味の品のよさ、揚げ物の衣のパリッとした質感など春爛漫。
 
 おばあちゃんの贔屓は里見浩太朗。テレビを共にみる機会の多かった4歳のころ、愛佳ちゃんは「里見浩太朗に抱っこしてほしい」と言っていたそうである。苦労が人を培うということをそれとなく感じさせるほどの苦労人。人に尽くすことで自分を生かしてきたおばあちゃんが2009年夏旅立たれたということを家内から聞いた。家内は時々松山愛佳のブログをみているらしい。愛佳ちゃんのブログにはたびたび食べ物の話が出てくる。食いしん坊のママに似たからだ。
 
 愛佳ちゃんのブログは途切れず続いている。あのマメさは誰に似たのだろう。ママに似たのでないことははっきりしているが、とびきり丁寧で癒し系のパパもあんなにマメではないはず、父方の祖父、名優・五代目河原崎國太郎ゆずりなのかもしれない。
松山愛佳のブログは食べ物の話だけではない、曾祖父松山省三、祖父國太郎、文学座の先輩・太地喜和子、文学座の大先輩・加藤武、ママの師匠で先日他界した淡島千景‥‥家内によるとブログには大大大女優と記されているそうである。あの世で淡島さん笑っているのでは‥‥。たしかに淡島千景は本当の意味で大女優にちがいない。それは別稿で。
ほかにも従兄弟の芦田昌太郎、姉の果琳ちゃん、故長門裕之、川中美幸など。長門裕之は、愛佳ちゃんが舞台に上がっていると、楽屋へ食べ物の差し入れをしてくれたようである。
 
果琳ちゃんは少女のころからきりりとした細面の役者顔だったから、将来女優の道を進むと思っていたが看護師になった。家内の推測によれば、ママの病院通いが職を選ばせたのではないかということになる。少女のころの果琳ちゃんは家内のことを「アイスクリームのお姉ちゃん」と呼んでいた。
ママが私の母に会っているあいだ、家内があらかじめ買っていたコーン(コーン型の食べられる容器)にアイスクリームをすくって果琳ちゃんに渡したとか。帰宅後、果琳ちゃんから「アイスクリームのお姉ちゃん」と聞いたママは何のことかわからなかったという。
 
 愛佳ちゃんはパパに似ている。が、ブログの左横に貼られた小さな画像(プロフィール)を少し遠目からみるとママにも似ている。そしてダコタ・ファニングは愛佳ちゃんに似ている。雰囲気もどことなく似ているように思うが、特に目が似ている。難しい役になるとダコタ・ファニングのように真価を発揮するのではないだろうか。
 
 容貌、人柄は似てもブログのマメな点は両親に似なくてよかった。ブログをマメにみているファンも大勢いると思う。文学座員としての仕事のほかにアルバイトにいそしみ、疲れることも多いなかブログを続けられるのは、本人の精進もさることながら、ファンの支持と激励あってのことだろう。
きれいな目をした女優は大成するという。愛佳ちゃんの目もまたきれいである。テレビドラマで時々目をむいて大成しなかった(結婚して事実上引退したこと、現役中も引退後も病気がちで大成に至らなかったともいえる)ママとちがって、目の輝きがいつまでも続きますように。
 
 
                  ↓ 箱根強羅の別当薫氏の別荘にて。別荘は各戸に湯量豊富な温泉付きで快適そのもの


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