Apr. 05,2010 Mon    いまさらオールイン
 
 役者も人も顔や雰囲気で判断できないのは当然のこととして、イ・ビョンホンほど見た目とじっさいの異なる役者もいないように思う。あれはたしか梅田ガーデンシネマであったろうか、何をみにいったのか忘れてしまったが、欧羅巴映画をみにいったとき、映画館の切符売り場で中年女性の行列ができていた。
こんなマイナーな映画なのにどうしてと訝りつつ横目でご婦人がたを見ると、どうもようすがちがう。彼女らは向かいの映画館で上映されている韓国映画をみるために行列をつくっていたのであった。
 
 主演は特別美形とも思えないイ・ビョンホンという俳優で、冬ソナ大ヒットの余勢というか余録というか、韓国パワーが近ごろ中年女性を席捲しているのだろうというふうにしか思えなかった。これが大きな間違い。
中年女性を安くみていたわけのものではなかったのだけれど、その実、軽視していたのかもしれない。世の中はくだらないこと、評にかからないことに満ちあふれている。であるので、自分の眼で見ず憶測すると間違えることも。
 
 役者は顔の良し悪しではない、演じるときのハラである。こころのありようが顔にでるから演技を感じさせず、いつの間にか観客の息を役者自身の息に合わせてしまう。さらに、過去、現在を瞬時に想い起こさせる力(これが役者のプラスαであるだろう)を発揮し、私たちを酔わせるのだ。
 
 ほんとうに魅力的な男優は男からみても魅力がある。中年男の多くが失ってしまった純な何か。オレだって純な部分はあると思っている人、思っているだけではないも同然、表出できるから純なのだ。ある種の中年女性はそこのところの芯をしっかり捉えていた。
博奕用語で「オールイン」は「自分の持っている(金)すべてを賭ける」ことの意である。真摯にぶつかってゆく生き方に人は魅了されるのだろう。単純なことほど実行は難しく、感動をよぶのは単純なことに対してなのである。
 
 イ・ビョンホンの「オールイン・運命の愛」をみていると韓国の役者のうまさを実感する。よくできたドラマを伴侶と共にみる。黙ってドラマをみること以外になにも求めない。夫婦の時間は別々に流れているのだが。

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