May 28,2007 Mon    ゆめのつづき
 
 4月、5月はよく夢をみた。ほとんどは明け方にみた夢だった。夢のほとんどは波のまにまに砕け散ってしまったが、かろうじて記憶にとどまった夢もある。しかしそれとて夢の彼方に消えてゆくだろう。そうなる前にここにとどめておく。
 
 あれは5月初旬だったか、崖っぷちに片手だけでぶら下がり、いまにも眼下の渓流に落下しそうな自分がいた。数十b下の美しい流れにみとれる姿はどうしたものかと思ったとき、どこからともなく澄んだ声が聞こえてきた。
「神を信じるか信じまいか、信じるなら手をはなせ。死にはしない。」
とっさの判断でその声にすがって手をはなした。身は宙に浮かび、まもなく渓流に落ちた。砕けんばかりの衝撃はあったが、かすり傷ひとつ負わず、むしろ爽快だった。
 
 そこまでの映像はそれほど印象に残っていない。それからが荒唐無稽で、寝覚めの後も鮮明におぼえている。場所も同じ崖っぷちであるのだが、こんどは右手に人を抱きかかえていた。非力な私でも夢のなかでは熱血漢に。見ると女性で、それもただの女性ではなくMさんなのである。
信じられないという気持ちの一方で、なに、当然の設定だという気持ちが交錯し、スリル満点であった。周りから女史のようにみられていた部分もあったMさんだが、小脇にかかえれば小鳥のように華奢で、しかも、危険きわまりない状況にさらされているにもかかわらず妙に落ち着いていた。
 
 さらにうれしかったのは、自信のなさそうな私に対して、だいじょうぶ、信じているからという合図を目で送ってくれたことである。女はいざとなれば大胆になる。しかしこれを大胆といってよいのかどうか。そのときまたあの声が聞こえた。「手をはなせ、死にはしない」。
死なばもろともとは思わなかった。直感的に助かると思った。小脇にかかえたMさんは抱かれていることで安心しているかのようにほほえんでいた。ひとつ気になったのは、落下中Mさんのスカートのなかを誰かが見はしまいかということだった。が、Mさんはキュロットをはいていた。見られる心配は無用だ、安心して落ちられる。
 
 渓流までの時間は距離よりもはるかに長かった。私たちはスローモーション映像のようにゆっくり落下していった。水のなかに落ちたとき、ざぶんという漫画みたいな音がして思わず笑ってしまった。と同時に、森羅万象を司る神々の底知れぬ深さに陶然となった。「これはお前のチカラではない、わたしたちのチカラなのだ」。その声は空からではなく流れの深みから聞こえてきた。ふとMさんをみると、片腕に抱かれたまま気持ちよさそうに泳いでいた。
 
 そしてつい最近、5月26日に別の夢をみた。そこは庭園班OBOG有志の集い「嵐心の会」の会場で、金沢とおぼしき高台にあった。仲間が三々五々語り合ういつもの風景であった。ただ一点いつもと違うと思ったのは、和服姿の女性が多いことだった。
後輩のだれかが、「KMさんとSKさんも来ていますよ」と告げにきた。そんなことはなかろう、彼女たちが出席しているのであれば事前にわかるはずである、知らせてくれなかったとすれば幹事の不行き届きというしかない、みたいな不快感がよぎったが、二人の後ろ姿を見たら瞬時に吹き飛んだ。
 
 SKさんは背中向きに、KMさんは斜め向きにたたずみ、SKさんは上品な東雲色の生紬を、KMさんはくっきりした青褐の大島を洒脱に着ていた。着ているものが逆なようにも思えた。だが、近寄ってみると逆でないことがわかった。
「Sさん」、と後ろから声をかけた。振り向いたSさんは懐かしそうに小声で私の名を呼び、手をさしのべた。思わずSさんの手を握ったら、もう一つの手がのびて、私の右手はSさんのすべすべした両手に握りしめられ、抱き合うかのような感触に酔った。
 
 Kさんはにっこりほほえんでいた。そしてKさんとも両手を握り合った。マシュマロのようにふんわりした手だった。言葉は出なかった。というより、言葉は要らなかった。HKとHJはどこにいるのだろう。Sさん、Kさんとすでに対面を果たしたのだろうか。目は二人の影を追っているのだが、視界に入ってこない。上背のある彼らが目に入らないわけがない、そう考えてふたたび追跡したら、HKの顔上部がぴょこんと見えた。
 
 後輩たちと談笑しているところをみれば、すでにKさん、Sさんとの対面はすましているのだろう。とも思ったが、もしかしたらまだかもしれない。息せき切ってHKのもとへ行くと、不意にHJがあらわれた。
HJはいった、「二人はもう帰るそうだよ。名残惜しいけど駅まで送っていこう」。
逢ったばかりでもう帰るのか、出かかった言葉を呑み込んで、「そうか、では、われわれ同期で送ろう」といった。
高台を下る石段からは古色蒼然とした枯茶の家並みが見わたされ、その色に同期二人の着物が溶け込むように調和していた。この風情と色を写真に封じ込めることはかなわない。
 
 HKがポツリといった、「次は奈良へ行くそうだよ」。「そうねぇ、行けたら行きたいな」、そうこたえたKMさんはほんとうに行きたそうだった。会場から駐車場までは5分とかからないが、私たちは時を惜しむかのように15分ほどかけて歩いた。
歩きながら、最寄りの駅までではなく二人の住まいの近くまで送っていこう、ムクムクとそんな気持ちがわいてきた。同期5人、車中で語り合いたかった。一人がおぼえていることより5人のおぼえていることのほうが量も多く、語りがいもある。
 
 そう思いながらいいだせなかった。そこで目がさめた。夢からさめてもしばらくSKさんとKMさんの手のぬくもりとすべすべ感が残っていた。家の近くまで送りますといっていたなら夢は続いていたかもしれない。車内でどんな会話をしていたろうか。
続きをみたいと思った夢は多い。だが、みたことはない。

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