Dec. 25,2005 Sun    写真
 
 それは夏の合宿を想起させた。一つ屋根の下で同じ釜の飯を食べ、同じ部屋で寝たあの懐かしい合宿を。どれだけ時間が経過しても、どれだけ歴史が編まれても、あのころの私たちを超える時間も歴史もふたたび巡ってこないだろう。私たちの仲間は特別だった。心のどこかでそう思っていたのかもしれない、が、そのことにはっきりと気づくまで三十年以上の時間を要した。
庭園班だけのことではなく、42年の歴史と伝統をもち、今後も連綿と続くであろう古美研全体のことを見据えてもらいたい、2年に一度、東京でおこなわれる古美研OB会に出席すべきである、と口には出さないが内心そう思う人もいる。なに、40年は短い、私のような者でも57年の歴史と伝統を有しているのであってみれば、42年がなんだい、まだまだお若い。
 
 古美研に在籍した面々はみなそれぞれに班ごとに分かれていて、そのなかで交流をはかっていた。むろん、班を超えての交流もあるにはあったが、それは、お互いの気心とかウマが合うといった理由あってのことである。仲間とはそういうものであって、親しい交わりを重ねてゆくのは仲間意識の発露といってもよい。人は結局変わらない。変わったと思うのは変わったのではなく、本来の姿にもどったことを知るべきである。仲の良かった者同士は何年たっても仲が良い。東京で開催された古美研OB会の写真は如実にそのことを示している。
 
 誤解を怖れずいうと、数人を除いて、彼らに対して懐かしさを感じたことはほとんどない。彼らも同じ思いであろう。懐かしくもないのにノコノコ会いにいくのは偽善である。会って何をすればいいのか。ジャンケンかにらめっこでもすればいいのだろうか。おそらく、つくり笑いをしたあと、居場所を探すのに右往左往するほかないような気もする。
 
 閑日冗語(それはさておき)。
私は一枚の写真に永遠をみる。酔っぱらいの写真に永遠をみたことはない。酔っぱらいの顔に永遠が宿るなら、寝酒を飲みホロ酔い加減になったり、時々昔の自分が懐かしくなって痛飲する私は「永遠」本尊として敬われ、神棚に祀られてしかるべきである。
それにしても永遠とはいかなるものであったか。「失われた時を求めて」だと思うが、M・プルーストはパスカルの言葉を引用した。「頭上にひとくれの土がばらまかれ、すべては永遠に過ぎ去る」。もったいぶった言い方と思うことがある。死ねば永遠かどうか誰が判断するのであろう。骨が灰となり、土と同化したあと、も一度組み立て直せとでもいうのか。すべては永遠に過ぎ去るものかどうかだれにわかるのだろう、私は常々疑わしいと考えている。
 
 時は止まるからこそ永遠という意識が生じるのではないだろうか。時が止まるから永遠は意味をもつのではないだろうか。色あせることがなく、私たちにとって望ましくない変化をもたらさないもの、それを永遠と呼ぶのではないだろうか。生身の人間にとって永遠とは、時間が凝縮され、生あるかぎり不変であり続ける何かだと思う。ものごころついて以来、星や宇宙に永遠を想うことはなかった、私はそれらに神を想った。
時が止まり、あるいは切りとられ、不変であり続ける一枚の写真。それは心の風景となり、生あるかぎり永遠のいのちをもつのである。

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