Dec. 23,2005 Fri    電話
 
 久しぶりなどというものではなかった。三十年以上電話をかけていない仲間がほとんどだったし、学生時代でさえ電話したことのない仲間もいた。私たちの世代の多くは、携帯電話を使って息をするのと同じ感覚で電話することはできない。携帯電話を日々多用する人はもはや皮膚感覚といってもよいほどであろうが、私たちはそうではない。
 
 電話の相手が気心のしれた仲間といえどもそれなりの心遣いをするのが礼儀というもので、無意識に息をするような話し方はできないのである。懐かしい気持は、昂じると往々にして礼儀を凌ぎ、たいして年の違わない仲間に対して、彼らが後輩であるということだけで普段着のことばづかいになることもある。
仲間が大目にみてくれるからいいようなものだが、後で考えると冷や汗ものであることも多い。なに、昔からわがままで通ってきた私であってみれば、昔とぜんぜん変わっていないと思ってもらえばよいと開き直るしかほかに手はない。そういう思いを胸に抱きながら、ほんとうに久しぶりに電話をかけた。
 
 それにしてもこれはいったいどうしたことであったか、あれこれ考えあぐねたことがウソみたいに仲間は自然体であった。いや、そもそも自然体などという陳腐なことばが吹き飛ぶほど彼らはふつうに応対した。前置きも何も不要で、月並な挨拶も遠慮がちに影をひそめた。電話を通して伝わってくる声は、昨日話した友と今日また話すといった感じなのである。こんな経験いままであったろうか。
 
 同期HKと電話で何回か話した。同期のHJとも何回か話をした。彼らはすこぶる率直で、声の調子と張りは、庭園班に在籍していたころと寸分の違いもなかった。時空を超えてとはいうが、ほんとうに時間は経過したのだろうか。
後輩のMY君やKY君、MK君とも電話で何度か会話を交わした。わずか一年先輩というだけで、ずいぶん気配りしていただいたと思うが、それはそれとして、飛び交う会話に彼らの心意気を感じた。私は、ありがとうと低い声でいったが、心のなかで、放ったことばの何十倍もの感謝の気持に満たされた。
 
 OB会当日はずせない役目があるから一次会参加は叶わない、しかし、二次会には必ず行きますといっていた後輩U君であったが、しばらくたって、どこをどう調整したのであろうか、一次会に出席しますと私の携帯に電話してきてくれた。学生時代とまったく変わらぬ明快な声で。後輩のひとりA君からの電話もうれしかった。「MKから、早う電話せんかいと叱られました。」と開口一番、A君はいった。A君の携帯になかなかつながらず、それゆえなおさら安否が気になっていたのだ。
 
 二年下の後輩H君からも電話をいただいた。手紙を頂戴しながら連絡が遅れて申し訳ありませんというすべり出しであったが、懐かしい気持と、口に出さずとも、お互い京都での再会を期しているのがわかってうれしかった。福岡在住のK君からの電話でも、H君と同じ気持が伝わってきた。もうすぐ仲間と会える、そう思うだけでワクワクした。
 
 そういったやり取りの一部、あるいは全部を、私は同期のHJとHKに逐一知らせた。後輩のKY君、MY君、MK君にも可能なかぎり連絡した。私はこんなにうれしいことを独り占めにしたくなかった。仲間の話題を同期HK、HJと共有したかった。
なぜそう思ったか。それは、電話で仲間の声をきいたからである。声には魂ともいうべき何かが存在するのかもしれない。私は仲間の魂を伝えることはできない、が、声の内容を伝えることはできる。いまにして思えば、多忙なHKがそんな私に辛抱強く付き合ってくれたものだと感謝している。ありがとう。

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