Dec. 20,2005 Tue    手紙
 
 昔の仲間と連絡を取りたいと思ったとき、私はまず手紙を書く。三十年以上も会っていないのだから、いきなり電話したら先方も面食らうであろうし、話の切り出し方も難しい。ご無沙汰していますというのも変である。三十年はご無沙汰というには余りにも長すぎる。
 
 さいわいなことに手紙を書くのは苦にならない。とはいっても、それは相手が特定されている場合で、不特定多数に手紙を書くのは苦手である。焦点がしぼりにくいからだ。その点、庭園班の仲間は知らない相手ではないから、三十年の空白があったにもかかわらず書きにくいということはなかった。
書きにくくなかった理由はほかにもある。口に出さなくても私たちはお互いを認め合い、尊重しあっていたからである。長い歳月が経過していたが、不思議とどこかで暗黙の了解があった。わかる人にはわかるだろう、私たちの絆は往時のまま保たれていたのだ。
 
 相手が彼らなら手紙を書くだけでも嬉しい。返事が来ればなお嬉しいが、なに、返事が来なくても思いは伝わっているであろうから嬉しいのである。だから私は手紙を書いた。古美研に入って得がたい友を得ることができたのは幸運というほかなく、三十数年後の再会で、昨日別れて今日また会ったという気分にその得がたさが凝縮されている。同期のHKは、「京都に集まった面々は一家という感じがする」とメールに書いていた。
 
 古美研時代の古い友人で、彫刻班に在籍していた同期のKMさんがいつだったかこんなことを手紙に書いていた。「貴方は文章を書くために生まれてきたような人です」。こういう褒めことばは殺し文句のようなものだ。
KMさんが私に、「庭園班OB会案内状の添え書きを読んで参加する方が出てくるような気がする」と電話でいっていたことなどきれいに忘れていた。だが私は、文章を書くために生まれてきたわけではない、遊びをするために生まれてきたのである。「梁塵秘抄」にいうではないか、「あそびをせむとや生まれけむ」と。
 
 思うところをいうと、書いても書いてもこれはという文章はいっこうに書けず、書くこと自体が時間の浪費としか思えない。いたずらに過ごしている時間の長さを思うと愕然とする。が、考えているだけでは埒のあかぬことも書くことで何かが見えてくるのでは‥と思いつつ書く。書くことで思わぬ発見もあったりする。
しかし相変わらず書いても書いても累々たる推敲の山。にもかかわらず書くのは、いま書かなければそう遠くない日、波の藻屑となって記憶から消えてゆく、だからいまこれだけは書いておこうと思って書くのだ。だれのためでもない自分のために。
 
 地位とか名誉とかいった足かせがなく、フリーな立場にいると気楽なもので、思ったこと感じたことを自在に表現できる。自分の思いを率直にあらわせば、それに共感する人もまれにいる。東京在住の後輩Kさんから、私の文を読んで出席させていただくという内容のハガキをもらったとき、驚きと感動で胸がいっぱいになり、上記のKMさんの言葉を思い出した。
 
 OB会当日の宴席は、クジ引きで席順を決めたのだが、たまたま隣り合わせたのが後輩Kさんであり、不思議なめぐり合わせを感じた。その時右隣にいた福岡在住の後輩KM君がこんなことをいった。「手紙をもらうたびに盛り上がってきました。」
思えば私の手紙は催促からはじまった。掲示板に登場してほしいばっかりに、後輩男性数人に宛てて書いたのであるが、なに、それは表向きのことで、実は彼らと話がしたかった。返事は来なくてもいい、思いは通じるのだから。
 
 既出の同期KMさんとは別の、彫刻班のMさんから手紙をいただいたことがあった。私が庭園班の仲間に手紙を出し続けたひと夏の思い出を遡ってゆけば、Mさんの手紙に辿りつく。
Mさんからの手紙を手元に置くことのできなかった‥なぜなら、手元にあれば毎日読み返し、追憶の枯葉になかに埋もれてしまっていただろう‥私は、その手紙をMさんに送り返した。以下の文面は、その日すくなくとも十回以上読み返し、私の脳裡に克明に刷り込まれ、その後封印したMさんの文字である。
 
 『そして、ふたりは世界を共有し、人にはわからないかもしれない共通のことばで心をかよわせ、お互いを確かめ合ってきた。百パーセント、心が通じ合うという至高の体験ができたのは、あなたが神がかっていたせいなのだと、いま、はっきりと断言できます。人生は美しく、自由であるべきはずだ、といつかあなたは言いましたね。
あたしはあなたのことを、空気みたいだと思っていました。ふだんはあなたのことなど忘れることもありました。あなたのことを意識しなくても、あたしは自由。でも、空気なしでは生きられなかった。あなたほど、あたしのことばが通じた人はこの先あらわれないかもしれません。漠然とした不安のなかで、あたしたちは幸せだったと思います。あたしは一生、あなたのことを忘れないと思う。』

前頁 目次 次頁