Mar. 29,2006 Wed    庭園班OG(3)
 
 美しさはある共通点を持っている。私たちは、美なるものをあっさり見すごすほど胡乱でもなく迂闊でもない。美は私たちの目を奪い、足をとめさせる。庭園班OGのTMさん、NHさんに共通していたのは、屈託のない歩き方、人を魅了するまなざし、美しい言葉のこぼれ落ちることを予感させる唇、すこし上を向いた形のよい鼻、そして、つつましやかな白い歯。
 
 そういった容姿には、あとをつけたいという気にさせる何かがそなわっていた。現に、K君の心はNHさんのあとを追っていたと思われる。あとを追って報われるならだれしもそうするだろう。K君が煮え切らぬ男でなかったとしても、事は必ずしも成就しないというのが世の常であってみれば、NHさんとは縁がなかったのだ。
追えば逃げ、逃げれば追われる。それが世の中の仕組みと早々にあきらめる者、あきらめてもなおあきらめきれない者は幸いなるかな。中高年になって外見は変わっても心は二十歳、望まれずとも、生涯にわたって追慕できるのである。
 
 大恋愛のすえ破局をむかえた者も幸運といわねばならない。破局があっても色恋を経験したのだ。失意と落胆は、色恋という前提がなければ成立しない。色恋のない失意は単なる幻想である。幻想であるとしても、幻想に拘泥できる者もまた幸せなるかな。中高年の色恋は望みがたく、恋愛のまねごとをしてもフリンと呼ばれて不道徳、居心地がわるい。幻影を追うのも癪である。
 
 ある日、しばらく姿を見せなかったNHさんが学館にやって来た。固そうなコルセットがNHさんの細い首を取り巻き、見るからに痛々しそうであった。乗馬中に落馬したという。
均整のとれたスリムな身体が、心なしかさらにスリムになったような気がした。NHさんを憶えている者はおそらく、抜群にスタイルのよかったNHさんのことが記憶の底からよみがえってくるであろう。
 
 それから数週間過ぎ、首を固定していたカタブツも取り払われ、NHさんは持ち前の明るい声でいった。
「オスカー・ピーターソンのリサイタルに行ってきました。心に響く旋律が印象的でしたよ。」
声も明るかったが、そこにいるだけで周りを明るくするような何かをNHさんは持っていた。そしてまたNHさんは、最初の一瞥で相手を惹きつけるなにかをそなえていたようにも思う。あれから36年、いまも周囲の人々を明るくしているのだろうか。
 
 TMさんは、家と家の間のほの暗い細い道の向こうに見える、途轍もなく碧い海のような人だった。その海は、家がなければまぶしすぎるけれど、家が強い光をさえぎり優美さを保っている。庭園班の古老と五大老が家となって、まぶしすぎぬようTMさんを庇護していた。
そうなのだ、TMさんはどこかしら皆に守られて時を過ごしていた。守ってあげねばならないという気をおこさせる人だった。たおやかで華奢で品があって、いまにもこわれそうで。
 
 思えば、あの頃の仲間は男女の別なく芸術至上主義とでもいうべき者が多かった。自由であることを至上とし、束縛を下とする。だが同時に、相手にしばられる心地よさについての空想にふけるのである。一方で解放を望み、他方で束縛を夢みる。過ぎ去れば、相手にしばられることをあんなにいやがっていたのがウソのように、しばられた日々を思い出す。
組み紐の、しばられている糸は、しばられることによりばらばらになることもなく安心である。しかも、しばられているからといって身動きがとれないわけでもなく、それぞれの色調をきわだたせる。
 
 芸術至上主義の難敵め、そこから脱しなければ、自由と引き換えにお前は多くのものを失いはしまいか。二十代のころ私はそう自問した、答を出す気もないくせに。
三十歳を過ぎて、さすがに難敵などと思わなくなったが、五十歳を疾うに過ぎたいま、芸術至上主義はますます揺るぎないものとなっている。

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