Mar. 14,2017 Tue    東京組曲(4)
 
 近ごろ気になるのは、深いなじみをかさねた人たちのなかで寡婦または寡夫になった方がどのように暮らしているのだろうかということである。長きにわたって生活をともにしてきた伴侶が旅立ち、子どもと別居、これといった生業のない状況において60代後半にさしかかったとき、私たちは何をどう考え、行動するのだろう。
 
 懇ろな関係を保ってきた方でも配偶者が健在である者のことは気にならないし、その人の考えや行動にもほとんど興味はない。たらの話は好ましくないけれど、もし自分が寡夫だったら、苦悩を隠して暮らしてはいかないだろう。かといって、苦悩を打ち明けたり、分かち合うこともしないだろう。
どう生きるかよりどう死ぬかに関心が移りつつある昨今、生死と同じように自然体でいることが自分に合っている。重要なのは生き抜くことだという人がいるのを小生も承知している。だが生き抜くことができない事態が思いのほか早くやってきたら、あるいは早くやってくると認識したら、生きることより死ぬことが関心事になるだろう。
 
 伴侶と暮らしてわかったのは、夫婦は頼られるか支えるかのどちかかであるということだ。私は頼られる人間でななかったけれど、支えることはできた。Mさんの夫は頼りがいはあったと思うが、Mさんを支える人間ではなかったのではないだろうか。支えるの意は経済的な意味合いとはちがい、相手の心情を理解把握し、理屈とタテマエを口にせず、いや、口にしたとしても理屈やタテマエを放置し、全力で背負い、味方することをいう。
 
 伴侶が考えていること、悩んでいることを把握し理解し、ともに考え、悩み、寄り添い、解決の道をさぐる。共通の趣味があれば可能なかぎり時間を割いて行動をともにする。伴侶のよろこびは自らのよろこびであり、伴侶のかなしみは自らのかなしみである。それが支えるということなのだ。
うれしい日、かなしい日が交互におとずれる日々、そのうちうれしい日は10日か20日に一度しか来なくなり、ついにはという日が来るだろう。よろこびを文字にすることでよろこびは他者に伝わるかもしれない。が、かなしみを文字にして他者に伝わるだろうか、まして、孤独をかこちつつかなしみから脱却できるだろうか。
 
支えてくれていたかどうか明らかになるのは寡婦(寡夫)になってからである。結婚においては支えることより頼りになることのほうが重きをなす。生活とはそういうもので、長く生きていると片方しか得ることはできないことも、両方のぞむのは欲ばりであることもわかってくるだろう。
印象の押しつけは避けねばならないけれど、結局印象の押しつけに近いことを私たちはおこなっている。自分が思う自分と他者の評価は異なる。他者には他者の生き方、考え方があり、相手に対する印象も微妙に異なる。交流が長く、深い場合はその密度によって印象も修正される、もしくは増幅される。
 
 人生が第一楽章から第四楽章までの交響曲であるなら、老境にさしかかった私は第三楽章にいる。第四楽章は伴侶に先立たれた寡夫(寡婦)の日々である。Mさんの第四楽章はすでに16年を経過した。第三楽章で終わりにしたい私に第四楽章のないことを切に願う。
Mさんの伴侶の死を知ったのは古美研掲示板に「いまは亡き○○」と記した人がいたからである。その人OHも数年前に旅立った。Mさんと暮らした○○、暮らさなかった私。40数年前の試練を乗りこえられなかったことで私は存在する。試練を克服しようとする意志がはたらかなかったのは人知の及ばざる力がはたらいたからだ。
 
 魂の通り道からもたらされるものはすべて原寸大である。誇張されることも美化されることもなく美しさを保っている。かけがえのない思い出や、両親、伴侶への愛も原寸大だ。「人生は美しくあるべきですとあなたは言った」と語ったMさんと私の伴侶には共通点がある。毅然、愛嬌、快活。ふりかえれば、たいしておもしろくもない私のような者の話やジェスチャーによく笑ってくれた。そしてそのときどきに愛を感じた。それが生きる意味なのかもしれない。
 
               (了)

前頁 目次 次頁