Dec. 12,2016 Mon    忠臣蔵 ドラマの周辺
 
 子どものころから時代劇が好きだった。特によかったのは英雄武勇の人だ。中年期にさしかかった20年くらい前から人情時代劇にも傾倒しはじめ現在に至っているが、武勇の人をのぞむ姿勢はつねに健在、源義経、真田幸村(信繁)、大石内蔵助は永遠の英雄であり、源義経と真田幸村は戦略戦術の達人、大石内蔵助は戦略の達人である。
その三人を贔屓して飽きない理由も不変で、第一にたよりになる、第二に忠誠心に富む、第三に人間味があるからで、主君もしくはそれに近い人間に対する忠誠が篤く、互いの信頼関係でむすばれている、夫婦もかくありたいような。
 
 魅力ある人物とはその人生について知りたくなる人間のことである。史料、古文書が語り伝えることのない人間の魂ともいうべき何かを口伝によって伝えるのは難しいような気はするけれど、すぐれたドラマ、役者は不可能と思えることを実現する。「あなたに愛されないなら誰の愛もいらない」という文言を字面で読むのと、うまい役者のせりふで聞くのとではインパクトの強さがちがう。
まして実体験として生のことばで聞けば生涯記憶にとどまるだろう。花は散りぎわがいちばん美しという。愛されないなら愛はいらないというのは散りぎわの人間が発することばだ。経験豊かなおとなが言ってこそのことばだ。若くても散るときは散る。老いると散る前に枯れてしまう。老若の散りぎわの差は時として天地ほどの差なのだ。
 
 劇界の「忠臣蔵」は多岐多彩である。大石内蔵助(歌舞伎は大星由良助)の描き方、四十七士から架空の人物の登場まで演出脚本の数は膨大、解釈のしかたによってさまざまなドラマが生じうるということだ。赤穂浅野家が断絶を免れるなら刃傷に走った内匠頭長矩は、一抹の無念は消えなくても救済されるだろうし、家臣も失業せずにすむ。
 
 しかし再興がかなわないとなれば家臣は行き場を失う。最優先されるべきは主家再興なのだ。歌舞伎狂言のなかで最もみごたえのあるものを一作といわれれば迷わず「仮名手本忠臣蔵」をあげるだろう。通し狂言「仮名手本忠臣蔵」でも人気の高いのは五段目「山崎街道」。六段目「勘平腹切り」、七段目「一力茶屋」である。
 
 史実の吉良邸への討入り、そこにいたるまでの浪士の苦労、討入り後の顛末よりも仮名手本忠臣蔵の眼目は早野勘平という一個人と勘平の舅姑の悲劇、大星由良助の花街あそび(一力茶屋では五段目に登場する定九郎の父・斧九太夫を由良助が縁側から刺す)であって、忠臣蔵の本筋とは離れている。
狂言作者がなぜそういう箇所を重視したのか。そこに江戸期庶民の視点といういわくいいがたい何かが内在する。ドラマの良し悪しを決めるのは脚本・演出・美術・役者があいまってのおもしろさであるが、おもしろいかおもしろくないかは観客の経験と質によるだろう。
 
 人気の高い段は役者の工夫や仕どころも多く、道具の使われ方の妙味もある。しかし私の記憶に深く刻まれたのは五段目、六段目、七段目ではなく、孝夫時代の十五代目片岡仁左衛門がやった四段目「城明け渡し」である。
めったに上演されない四段目は平成11年(1999)3月、大阪松竹座において通し狂言「仮名手本忠臣蔵」として上演される。舞台に出るのはほとんど由良助ひとりである。しかもこれといったせりふも仕どころもなく、城門の外にひとり残された男はハラで役を演じる。
 
 由良助のハラには忠義をこえる何かがある。そして孤独をにじませている。由良助はもはや城をみていない、自分のこころの裡をみているのだ。カラスがなき、城門が徐々に遠ざかってゆく。カラスにさえ置き去りにされた男は花道に立ち、万感の思いを胸にひめて退場する。
そのたたずまいといい、ハラといい、城と別れを惜しむ風情が後ろ姿にそこはかとなくあらわれ、目を釘づけにさせられた。筆頭家老の責任感と悲哀が満ちた背中をいまも鮮明におぼえている。役者の冥利は仕どころのない場で、時間がたってもその場面を瞬時に追懐させるすごさなのだ。勝負は時の運である、勝っても負けても哀愁のただよわない人間に魅力のあるはずはない。
 
 源義経は30歳、真田幸村は48歳、大石内蔵助は43歳で死んだ。戦死か強制死である。長生きしたことの意味はふたつしかない。親がのこしたことばの深さと行動のありがたさを知ったこと、ほんとうのかけがえのなさが何かを知ったことである。はたして魂の救済より価値の高いものがこの世にあるのか。真田幸村が大坂の陣に加わらず、大石内蔵助が討入りせず生きながらえたなら、魂の救済はあったろうか。
 
 それぞれが自らの人生を生きているだけでなく、魂が自ら血路を開くことによって、望んでいなくても人生をみせつけているという印象をうけるのだ、歴史に名をとどめることを運命づけられているかのような。彼らは反骨、不屈の人である。それでも支えてくれる人がいて、支えなければならない人がいた。人生に意味があるとすればそういうことではないか。支えなければならない人も、支える人もいない人生を反骨と不屈だけで生きることができるのか。
 
 近ごろ土曜午後6時過ぎにNHKで「忠臣蔵の恋」を放送している。名前しか知らなかった武井咲の立ち居ふるまい、物腰、ハラが見事で、回を重ねるごとにうまくなってゆくのでみている。状況の変化によりうつろいやすい心であるとしても、変わらないものもある。それをどう表現するか、役者の真価がためされる。
 
 12月10日放送は元禄15年12月14日(討入り当日)の昼間。討入りの放送は12月17日。本懐を遂げてからのドラマ後半を武井咲がどう演じるかも見どころ。忠臣蔵外伝的な芝居や映画は多く、四谷怪談以外は男が主人公。「忠臣蔵の恋」は、生涯の当たり役と出会い、役の性根にめざめた武井咲の魅力が横溢するドラマである。

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