Apr. 13,2016 Wed    映画生活(2)
 
 あれは60年くらい前のことだったろうか、近隣に「三味線教えます」とか「常磐津教えます」という看板をかけた家があり、黄昏どきともなると何ともいえない三味線の音色が聞こえてきた。庭先の桜が風に舞い、独特の空気がただよう春の宵は格別で、三味線の音にも風雅と色気があった。むろん7歳の子は風雅ということばを知らなかった。
 
 三島由紀夫の講演と「春の雪」がきっかけで交流を始めた女性と日比谷の映画館を出て、帝国ホテル1Fのコーヒーハウスでババロアを食べながら話すのは概ね子どものころの話で、理解を深めるにはそういう話をするのが早いように思えたからだ、それが思わぬ副作用をもたらすことなど考えもしないで。
 
 お互い若く、体験が乏しいのは当然として、いま思っても不思議なのは、「ドクトル・ジバゴ」をみた後どちらからともなく同時に口をついて出たのは「ジバゴの色」だった。
その人は「ジバゴの色よ」と言い、私はたぶん「ジバゴの色だ」と言ったように記憶している。ジバゴの色はミスティブルーで、当時その人を象徴する色だった。ときおりその人はスーティン(シャイム・スーティン 1893−1943)のグラジオラスの色になり、私も燃えるような朱色になったりしたことはあるけれど。
 
 「栄光のルマン」(1971年7月)を見終えてババロアを食べていたら、「マックイーンって、座っているとどういうことはないけど、動くと独特の存在感があるよ。白のポルシェ、以外といい」と言う。
車のデザイン、色については、小学校の同窓生だったかがスカイラインを購入したおりドライブにさそわれたことがあり、彼女曰く「みせびらかしたかったのよ。ラベンダー色だから」。当時カーマニアに人気のあったトヨタ2000GTを「ヒキガエルみたい」、2000GTより手軽に買えるフェアレディZを「スリッパ」と言っていた。言われてみれば両車のスタイルはヒキガエルとスリッパにみえた。
 
 1968〜1971ごろ古美研に所属していたさわやかな男HHについて「Hさんって亭主面するからイヤ」と評した。HHはHKの言葉を借りると「飄々として」いるだけでなく敵をつくらないという資質にめぐまれていた。それが意外にも女性からみると別の一面もあったようだ。
才色兼備のMさんに対して優位に立とうとする意識がHHにはたらいたのではないだろうか。2006年5月28日、東京での庭園班OB会翌日、HHと待ちあわせ語らったとき、Mさんの夫Kについて「KはMさんに使われていたからなぁ」と言った。優位に立とうとしたHHの気持ちを如実に示している。
 
 Mさんの寸評はほかのことに関しても概ね当たっている。私のような人間が評にかかるかどうかはともかく、「夫婦みたいにね、ある程度くさしても最後は上げるの。上げたり下げたりじゃなくて」とも言っていた。
 
 Mさんにとって2度目の「風と共に去りぬ」をテアトル東京で見終え交わした会話だったか、幼いころ眠りに落ちる前、枕元で仰向けになって泣くと、涙が鼻を越えて左右に移動しつつ鼻の上で涙は混ざり合う、鼻筋が通っていないからそうなると言ったらば、Mさんはほほえみながらも神妙な顔をした。自らの心の深淵をみていたのだと思う。
そのとき私に惹かれたのかもしれない。Mさんの豊かな感性がそうさせたのか、同じ経験をしたからなのか。「生まれた家を見たい」とMさんが言ったのは、私がどこで子ども時代を過ごしたのか知りたかったのだろう。だがその家はもうなかった。
 
 映画は風景と同じで、目がみるのではなく脳にしまい込まれた記憶や体験がみるのである。強い感動を受けたとき私たちはスクリーンをみていない、旅の途上、強く惹かれる風景に出会ったときのように心の風景をみている。
感動は感性の豊かさに比例するだけでなく体験の豊かさにも比例し、時として体験の類似にも深く関わり合う。スクリーンの奥にふつうの人がみることのないものをみるのは豊富な体験に依拠するだろう。
 
 「砂の器」(1974)のお遍路は、両親のいずれもがハンセン病でなくても、遍路に類似した行脚経験があったり、修行の一貫として遍路をしたのが母親なら子は疑似体験をし、映画をみてあたかも追体験するかのような錯覚にとらわれる。感性はほろ苦い体験や悲しい体験、さらに甘美な体験をよみがえらせる力を持っている。体験が感性に花を添えるのだ。
 
 「遙かなる帰郷」(1998)の主人公が第二次大戦終結後、ナチスの収容所からトリノへもどる道中ウィーンを通過する場面、ウィーンの映像は出ないがオペレッタ「ウィーン気質」の音楽が演奏される。ほかのシーンではこらえられたが、音楽が流れると涙がどっとあふれた。
45歳(阪神大震災の前年)でそれまでにない辛い経験をして6年、その前の4年と併せて10年、大晦日の夜、大阪シンフォニーホールのジルベスタ・コンサートで癒やされたオペレッタの名曲がよみがえる。メラニー・ホリデイの艶やかな容姿、リシャード・カルチコフスキーの美しく澄んだ声、指揮者ウヴェ・タイマーのやさしい顔。メラニー・ホリディとカルチコフスキーは歌手であり役者である。
 
 卓越したドラマは愛すること、愛されることのかけがえのなさを示してくれる。愛の発露をどのように表現しうるか、考えてどうなるものでもないことを当事者のかわりに役者が確かな指針を持って考え、分析し、体現するのだ。
愛の意味を追求し、ハラにおさめ、追求したことも苦悩したこともおくびにも出さず、表情やせりふでというよりハラであらわす。うまい役者とはそういうものだ。ドラマ・映画のおもしろさは脚本演出にもよるが、役者に負うところ大、すぐれた作品、いい役者は観衆が内面をみつめるための一助をなすのである。
 
                   (未完)

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