Feb. 13,2006 Mon    姉妹の料理番
 
 「せっかく来てくれたんだから手伝ってヨ」。
自宅に招いていただき、上品でふくよかな香りのする紅茶と、新鮮な生クリームのショートケーキをご馳走してもらい、せっかくいい気分になっているのに何をいうかと思えば、夕飯の手伝いをしてくれですと。
 
 で、その後、タマネギをむいて涙は出るわ、みじん切りにして手が臭くなるわ、場所はすぐわかるからと挽き肉を買いに行かされるわ、ハンバーグの形をととのえ、真ん中をちょこっとへこませ、フライパンに油をひいて焼かされるわ、蒸し焼きにするフタはどこかとたずねたら、そのへんの鍋のフタを使ってちょうだいといわれ、適当な大きさのフタを探すのにてんやわんやするわ、ソースは作らされるわ、みそ汁のダシを切らして四苦八苦するわ、きうりのイボイボを削らされるわ、結局みなやらされた。
 
 彼女は皿を並べただけ。そして、テーブルについた時のセリフがふるっていた。
「あら、上手にできたじゃない」。
一口食べて、「うゎ〜あ、おいしい。やればできるんだ。ミコちゃん、いけるよネ」。
ミコ(ユミコの略。妹)ちゃんは黙って微笑みで応じた。
「そうよねぇ、たまにウチに来てもらって、作ってもらわない?」。「うん、できれば週に一度は」(ミコちゃん)。バカをいってはいけません、ますらお派出夫じゃあるまいし、毎週来れるわけがない。
 
 三日後にショートケーキを作らされた。スポンジはままこにならないようよくかきまぜ、ホイップは素早くぐるぐるかき回し、スポンジをオーブンに入れて待つことしばし、香ばしい匂いのするキツネ色の、ふんわりした作品が出てきました。部屋いっぱいに甘い香りがただよったまさにそのとき、「イチゴのせるの手伝わせてあげようか」ですと。
 
 それから一週間後、ビーフシチューを作らされた。「エプロンはこれ。結んであげようか」。ジャガイモとニンジンを面取していたら、そばに寄ってきて口をはさむ。「なんだか小さくなったみたい」。「煮くずれしないでしょ、こうしておけば」。「あ、そうか」。「トマトピューレはデルモンテがいいっていってたからデルモンテを買ったけど、カゴメじゃダメなの?」。「カゴメは甘くて適さないから」。「あ、そんなこといってたね」。
牛のすね肉に胡椒と小麦粉をまぶしていたら、「ねえ、どうして小麦粉つけるの?」ときく。「こうしておいたら、肉のうまみが逃げないでしょ」。「それもそうね」。
ちっとも離れずそばにいるので気が散ってしようがない。背後に回って時々エプロンを引っぱるから、なおさら料理に集中できない。「邪魔だよ、邪魔」というと、口をとんがらしていなくなりました。
 
 バターでこげ茶色になるまでタマネギのみじん切りをいため、乾燥月桂樹とコンソメで下味したスープに、フライパンでほどよくいためた肉をほうり込む。シチューにコクを与え、肉をやわらかく保つための赤ワインを入れたところでとろ火にする。シチューが褐色のいい色になったところで、表面のアク取りをする。何度かアク取りをしていると、どこからともなくあらわれ、すり寄ってきて口を出す。「なんだ、アク取りしてるのか」。
身体が擦れ合うほど近くにいるからだろう、甘い香りが鼻先にあたってむせかえる。それを敏感に察知したのか、「どうかした?」と訊く。「ワインを入れすぎたかナ」とごまかしたら、「そんなことないよ」という。
「アク取りをマメにしたほうが、脂濃くなくっていいから」といったらば、「えらい、あたしたちの好みを知ってる」とほめられる。私も脂ぎって毒々しいシチューは遠慮したいのです。
 
 「さあ、ぼやぼやしないで、お皿持ってきて、お皿」と私がいうと、「ミコちゃん、お皿だって」。
ミコちゃんは自分の部屋にいるではないか、自分で持ってきなさい、自分で。
 
 「うん、うまい」(姉)。「お、い、し、い」(妹)。
「これ、赤坂見附のシチュー・ド・ケテルよりいいよネ」(姉)。「うん、あっさりしてコクがあって、繊細さとたくましさが調和してて、深みのなかに品のよさがあって、」(妹)。
何といおうとおだてよと、今日で最後だお別れだ。わしゃ君たちの料理番ではございませぬ。
「お姉ちゃん、作ってもらうだけじゃわるいヨ」。「そうねぇ」。「こんど、ふたりでご馳走しようか」。「それ、いいんじゃない」。「で、どこにする?」。「ねえ、何食べたい?」。「‥‥」。
 
 「やっぱり、お寿司なんかいいんじゃない」(姉)。「あ、それだったら、あのお店どうかな」。「えーぇっと、あそこネ」(姉)。「うん」。「で、いつ」(姉)。私の意向も聞かないで、どんどん話が進んでいく。「土曜の夜、空いてる?」(姉)。「‥土曜は‥」。「どこで待ち合わせする?」(姉)。まだ空いてるかどうか応えてないのに。
 
 寿司屋で、ふだんはお酌をしないはずの彼女がめずらしくお酌してくれた。これが、いま思い出してもまことに結構なお酌ぶりで、なんというか、酌の間合いがよく、酒の注ぎようが堂に入っていた。むろん、ご本人はそんなことに気づいていなかったと思う。言葉に出せば、「またまた」とかいって、「手酌でどうぞ」といわれそうなので黙っていた。
あのとき飲んだ酒の味は忘れてしまったけれど、おぼえているのは、生涯で一番おいしい酒になるような予感がしたことと、飲んだ量も徳利6本で五合(一合は彼女が飲んだ)、それ以前も以降も五合飲んだことはない。
 
 山手線の駅で別れ際、「こんどすき焼きしない?」と、あたりにかぐわしい匂いを立ちのぼらせながら彼女はいった。その香りは、からだから発散するのか、口内から放出されるのかわからなかった。えもいわれぬ甘美な匂いだった。
「そうだねぇ、このごろめっきり寒くなってきたし」。「来月はじめは?」。来月だって、あと4日で来月ではないか。読者諸氏にお断りしておきますが、この姉妹の父親は仕事の関係で群馬県高崎市の化学研究所勤務、母親も高崎にいるので、姉妹二人暮らしなのです。
 
 「いつにするか、これするから」と彼女は人差し指でダイヤルを回す仕草をした。その場の勢いで私も、「肉は買ってくるから」と口走る。「ホントに?」(姉)。「でも、わるいなぁ」(妹)。「いやいや、せめて肉くらい」。バカ者、肉がいちばん高いのじゃ。
 
 翌日電話があり、次の日曜ということに決まった。君たち姉妹のためなら、たとえ火のなか水のなか、世界の果てまで買いに行く、などと滅相なことはないとしても、ふんぱつして神戸牛の霜降りを買った。
それを見ていわく、「わぁ、おいしそう」(姉)。「高かったんでしょう」(妹)。「なに、それほどでも。たまたま安い出物があったから」。なんとみえっぱりの愚かなウソつき。
 
 「作っていただけるんですか?」(妹)。もちろん作ります、やらせていただきます。
肉を入れていため、すぐ砂糖と醤油と酒を入れたら、じゅん!、といい音がしました。
白菜、長ネギ、糸こんにゃく、しいたけを次々とほうり込み、最後に火の通りやすい菊菜を入れる。「へぇ、お水使わないんだ」(妹)。白菜とか糸こんにゃくで水気が出るからと応えたら、「お鍋にくっつかないかな」(姉)。まぁ、見ていてください。
 
 白菜、糸こんから、じわっ、じわっと水分が出てきた。そのうちドドッときた。「へぇ〜、ホントだ」(姉妹)。鍋がぐつぐつ煮えてきて、待てない子供のように姉妹がひとくち食べた。そして、どんな言葉を発したか、それはもう、あらためて申し上げるまでもありません。
 
 (昭和46〜47年ごろ、学生時代の思い出。ビーフシチューはいまも時々作っています)。

前頁 目次 次頁