Mar. 14,2016 Mon    語らいの座 2016年早春

 
 いままでの二人合宿に仲間がひとり増え三人合宿となり、三条大橋で13時に待ち合わせ、等持院、高山寺を訪れた。新たな仲間は東海道五十三次の終点三条大橋にこの日(2016年3月13日)到着する。午前8時43分、彼から電話があり、まぎわまで寝ていた小生の目覚まし時計になった。
「大津の宿をチェックアウトしてこれからスタートします。きょうの行程は短く楽勝です」。電話の声はさわやかで朗らか、その人にしかわからない達成感に満ちていた。
 
 私たち古美術研究会庭園班の仲間で健脚といえば一にHJ、二にKY君。それが2年前、室生寺奥の院のわずか手前で異変がおこり、KY君は登段を中止した。何が原因か定かではないが、よほど体調がわるかったのだ。定年退職を契機に行脚をはじめたのは、もしかしたら室生寺の件があって一層の健康維持促進を考えたからなのかもしれない。
 
 東海道五十三次を踏破したKY君が同日高山寺を参観することになったのは、高山寺石水院・廂の間に置かれる善財童子のお導きかもしれない。一説によれば、東海道五十三次の五十三宿は善財童子を導く五十三人の善知識(人間)の数にもとづいているという(画像左の小さな像が善財童子)。柱の影にいるKY君、その横にいるHK。
 
 会食時、HKはたずねた、「五十三次の次は何か予定があるの?」。KY君はこたえる、「ええ、まぁ、中山道も考えていますが、先に四国八十八カ所巡りしようかと思っています」。「いつごろ発つの?」、「それはまぁ、プランをいろいろ練っています。一度にぜんぶ回ると日数もかかってたいへんかと思うので、2回に分けるかどうか思案中です」。
「4月ごろ?」。「いえ、それはすこし早いかと」。「それもそうだな」。「八十八カ所巡りの終点は高野山です」。「高野山か、まだ行ってないなぁ。いつか行かないと」。以前、高野山の話が出たときにもそう言っていました。
 
 そのあと小生から矢継ぎ早に質問が続く。「桑名の焼き蛤食べたってね」。「あらかじめ調べていた場所で食べようと思っていたのですが、場所の確認のため近くにいた人に聞いたら、もっといいところがあると言ったのでそこへ。蛤5個ついた定食で1500円でした」。「味は?」、「えぇ、まぁ、まずくはないといった感じで。蛤は小ぶりでした」。
「五十三次で印象に残った宿場をふたつ」。「えぇっと、それは‥‥」。KY君はやや考えて宿場名をふたつ告げ、「宿場というより景色のよかったのは、富士山全体が見える薩た峠からの眺めが」と言い、手元にあった写真付きの冊子を開いた。「地元の白山にも登ったことがないよ」とHKがぽつんと言う。
 
 それから海外旅行の話題に転じ、まずは最近KY君が旅したスペインについて語り(OB会で雄弁なKY君だが口が重い。HKと小生は1年先輩だから遠慮しているのかもしれない)、スペインでどこがよかったと聞いたらば、ロンダとトレドを挙げる。すこし間をおいて「アランフェスも印象に残っています」と言う。いい眼をしている。
「HKのお嬢さんもスペインが印象に残ったと言ってたね」と小生が言うと、「よくおぼえているな」とHK。昔のことじゃない、東山花灯路をHKと見て会食したときのことだから、8年ほど前のことである。
 
 「他社と合同の親睦(視察?)旅行でアメリカ4州(HKの記憶が正しければオハイオ、アイダホ、ミネソタ、テキサス)を回ってきたよ。中国もそういう機会があって行った。個人的に海外旅行は行ったことがない」とHKが言う。
そこで思い出して話す気になったのか、KY君が「社の研修ということでロンドン、チューリッヒなど約2週間行ってきました。パリからコンコルドでニューヨークへ」と重い口を開く。「いつごろ?」。「えぇっと、30代半ばでしたかね」。
 
 20人前後が集まるOB会と違って、語る人間が3人なら1人の語る時間も多くなり、春の宵が酔いを促したのか、乾杯の生ビールのあと話は進んだけれど酒は進まず、HKもKY君も赤ワインをグラスで注文するのがやっと。1人の持ち時間が1時間というわけのものではないとして、会食は3時間を超し、気づけばわれわれのほかに客はいなくなっていた。料理店の閉店時間は21:30、時計は21:40をさしていた。マネージャーのM氏が気を利かせてくれたのだ。
 
 日本料理店のあるホテルを出たら外は雨だった。21時を過ぎれば雨とわかっていたけれど、だれもカサを持ってこなかった。早春賦がカサを持たせなかったのだろう。
 
    春と聞かねば知らでありしを 聞けば急かるる胸の思いを いかにせよとのこの頃か。
 
 宿にもどったのは22時過ぎ。それから部屋で2時間半ばかり語らった。ここではHKと小生が主たる話し手で、KY君はもっぱら聞き役。話が佳境に入れば入るほどKY君はあくびを噛み殺してつきあってくれた。ほんとうに寝てもらっては困るので時おり水を向ける。
ふだんは何を考えているのかわからず、ヌーボーとした感じのKY君だが、ここというときに本領を発揮して決める。そのコントラスト、意外性が魅力的と女性は思う。そのほか、かくかくしかじか。とぼけているのか眠いのか、そういう話は興味ありませんといった面持ち。
 
 話は学生時代の追懐となり、MY君と庭園班同期の女性、彫刻班同期の女性やHHも話題になった。とりとめない話を宿の部屋で、よくもまあ飽きずにしていたものだと思う一方、数名で過ごす贅沢な時間はそこに尽きる、だから不思議と会いたくなるのだと思った。夜も更け、大津から三条大橋まで歩いたKY君の眠気がピークに達する時間だ。
 
 翌14日朝、HKは出社のため京都発9時過ぎのサンダーバードで金沢へ、KY君と小生は11時の仙洞御所参観に向かい、高辻通に面したホテルの中華料理店で「熱心飯」という名の昼食をとり、その後京都駅前で別れた。

前頁 目次 次頁