Mar. 05,2016 Sat    マリーゴールドホテル 幸せへの第二章
 
 2013年3月にみた「マリーゴールドホテル」の続編「マリーゴールドホテル幸せへの第二章」がようやく一般公開された。前々からアラブとインドはみておかないとと言っていた家内は、2010年1〜2月エジプトを旅し、インドに行ったのは2015年3月、ジャイプール、アグラ、デリーなど北西インドだった。マリーゴールドホテルの舞台はジャイプールなので、スクリーンの奥がみえそうな按配である。
 
 くり返し記したけれど、いい映画、あるいはいい役者は観衆が自らの内面をみつめるための一助をなす。まして名優のそろった英国となれば、なかでも熟年俳優が出ているとなるとみないわけにはいかない。シェイクスピアの国でつくられた映画にはせりふだけでなくモノローグもしびれるような名言が多い。脚本が傑出しているのだ。
「砂漠はいかなる櫂でもこげぬ海」、「砂漠は太陽の鉄床(かなどこ)」は「アラビアのロレンス」のアレック・ギネスのせりふで、過酷な砂漠では少数の兵で大軍を打ち負かす望みがあるという意。王のなかの王ということばのあるがごとく名画のなかの名画もある。
 
 続編にみるべきものは多く、熟年俳優それぞれの見せ場を設けており、この映画のみどころはそこにつきる。ほかの若手俳優も、米国俳優のわりにいい演技をするリチャード・ギアでさえも老女優の前では影が薄い。
私人としてのリチャード・ギア氏は見事に一家言持っており、チベットに対する中国政府の人権迫害を厳しく糾弾している。その報復に中国はギア氏に入国禁止処分を課したという。それはさておきギア氏はインド好きであるらしく、以前から時間をつくってニューデリーやムンバイを訪れている。
 
 冒頭と終盤に登場する名脇役デヴィッド・ストラザーンがうまかった。坐っているだけで、もしくは立っているだけでこれはと思わせる何かを持っている。ジョージ・クルーニーが白羽の矢を立て、「グッドナイト&グッドラック」(2006)の主役に抜擢しただけのことはある。
 
 悩んでいる人間の顔をこしらえるのはさほど難しくない、が、迷っている人間の顔をこしらえるのは至難。たいていの俳優はぼやけた表情しかつくれず、演技の何たるやのわかる感性を持つ役者は、大写しになるマヌケ面を見て自己嫌悪に陥るだろう。前回よりすぐれていたのはセリア・イムリー。前回どうよう決して美しいと思えぬ中高年プレイガールをやっているのだが、今回は本領を発揮、「卵巣がうずくわ」とつぶやきながら、ほのぼのとさわやかに迷う女をこしらえた。
 
 指導者にふさわしい資質は勇気と自己犠牲である。自己犠牲を惜しむ人間は指導者たりえないのだ。「アラビアのロレンス」でピーター・オトゥールは「宿命などない」と言い、オマー・シャリフは「自らの手で宿命を記す者もいるのだな」と言う。
マリーゴールドホテルではマギー・スミスにこんなせりふを言わせている。「嫌いなものはほかにもいっぱいあるけれど、最も嫌いなのは自分を憐れんでいる人よ。そんな人は自分の周りを破壊せずにはいられないんだわ」。
 
 マギー・スミスはこの映画のなかで40年間召使いをやり、ようようインドへ来た80前の老女(映画制作中の実年齢は79歳、2016年3月現在は81歳)をやっている。「40年間、床磨きをしてきたのよ」とも言っている。「私は助言はしないけど、意見は言う」老女である。
召使いから伯爵夫人(ダウントン・アビー)まで、さりげなく地味に指導者の役割を果たし、ユーモアの粉を皮肉という名の皿にふりかけ、数万円のステーキよりいい味をだし、どんな役でもこなす英国の名女優。マリーゴールドホテルでの役柄は永年の労働がたたって体調は思わしくない。
 
 時間を金で買えるご時世である。現在も未来も金惜しみしなければ手に入るだろう。だが、どれほど金を積んでも過去を買うことはできない。時計を巻き戻し、できずじまいの体験をそのころの若さに戻ってするのは不可能だ。老後の隠し財産は追憶にふける体験の質量である。
マギー・スミスをみていると、あたかも召使いを長い間やってきたかのようだ。体験しなかったことを体験してきたかのごとく思わせる。名優の真骨頂というほかない。名優は凄腕のペテン師なのだ。
 
 出演はほかにジュディ・デンチ、ビル・ナイ、ペネロープ・ウィルトン(ダウントン・アビー)などいずれ劣らぬ名優。大詰でデヴィッド・ストラザーンがあらわれ、マギー・スミスに言う。「あなたは木を植えた。その木陰で憩う時間がないことを知りつつ」。
展開が早く、上映時間120分を30分にしか感じず、随所にユーモアが蒔かれている「マリーゴールドホテル2」は2016年公開映画のなかで間違いなくベスト3に入る名作である。
 
 
          下の写真はジャイプールの「風の宮殿」(家内が撮影)です


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