Feb. 01,2016 Mon    お時間でござる
 
 あれから何年たったろう、道東・紋別市から転居してきた女の子が小学3年生だったと記憶している。ということは24年も前のことである。そのころ部下だった男が携帯型目覚まし時計をその子に贈った。目覚まし時計は縦5センチ横3センチ厚さ5ミリくらいの印籠型で、エンジ色をしていた。合わせた時刻になると「お時間でござる、ポン」と言う。ポンは鼓の音。
 
 その男性はモグラたたきを持っており、どこで見つけてくるのか、ほかにもさまざまなオモチャを持っていて、その女の子と小生の甥(当時5歳)はまず男性の部屋に入ってモグラをたたき、ほかに何か目新しいオモチャがあればそれで遊び、それから小生の部屋に来て、書棚に置いてある文具を手にとって遊んでいた。
 
 子どもたちはその男性をモグちゃんと呼んだ。モグちゃんの趣味は写真撮影で、小生はモグちゃんがグループと共にいるときはカメラを家に置いてきた。腕はともかく撮影枚数では勝負にならないほど多く撮るからだ。
 
 女の子がやってきた年の秋、運動会のもようを撮影したことがあった。写真はネガといっしょに女の子の母親に渡した。見たいときに見られると考えていたけれど、生き別れになったいま、何枚か焼増して持っておけばよかったと後悔している。
 
 家内との会話に登場する回数が最多であるから記憶に定着しているのだが、写真はまた別物だ。少女は永遠に少女のままとどまっている、目覚まし時計のマネをして「お時間でござる」と言っていた明るくかわいい声とともに。
 
 母子家庭はつらい。子は子ども時代に傷つけられることによって免疫力をやしなう。いじめとか中傷によって傷が発生することもあるが、そうではなくもっとほかの違うもの、ささやかな願いがかなえられず傷を負う。それが何度も続くと傷口は広がる。少女の心がこわれなかったのは母親を深く愛していたからだ、母親が少女を愛する深さと同じくらい。
 
 人のことはわからない。人はそう言うし、おおむねまちがっていない。心の深淵をさまようことはあっても、深淵にひそむ不安、あるいは古傷を吐露することはすくない。話してもわからないと思っているが、それでも打ち明けたくなったとして、心の闇をどう表現するのか。
そしてまた自らの弱さを克服できなかった人間に対して、そういう人間の言動を軽視することはあっても共感を得ることはあるのだろうか。ここでいう弱さとは重圧をはね返す力がないとか、困難に立ち向かう勇気がないとかの意ではない。重圧に耐え、困難に負けまいとする心構えの有無であり、そうした志を持つことが即ち弱さの克服ということなのだ。
 
 どうやって生きてきたのか朦朧として思い出せないこともあるのに、迷路でさまよったことを鮮明におぼえていたりするのはなぜか。人を傷つけた記憶、人から傷つけられた記憶が突然よみがえって寝苦しい夜を過ごす。
生と死に境目があると意識したことはあったけれど、死を身近に感じると生死の境界線を見失う。いや、そうではなく死が身体にまとわりついて離れなくなり、死の正体がはっきりしてくるのだ。あいつは言う、いつでも来るから用意しておけ。しかし何を用意するのか。
 
 近年、死生観が乏しくなっているのではと思うことがある。何をするにも楽しめばいいじゃんみたいな傾向は時代の潮流だろうが、生きるべきか生きるべきでないかを自問せず、そんなことは忌避すべきことと時空の隅っこに押しやって、空中浮遊に等しいものを受容することに意味があるのだろうか。小生にはわからない。
いつのころからか、おそらく50歳を過ぎたころから、子に先立たれた親、伴侶を亡くした夫や妻の心情について漠然と考えるようになった。経験しなければわからないとわかっていても、ひとり生き残って思うのは、共に暮らした年月と密度に比例して喪失感は大きく深いということである。 
 
 現在と未来は確定しにくく、過去は変えようがない。確信できるとすれば過去だろう。20年以上前におきたことで、どこが間違っていたのか、どこが正しかったのか、どうすればよかったのか、いまだにこたえが出ない。小生の母はこの世でおきたことはこの世で解決すると言った。果たして、こたえの出ないことがこたえなのか、どうなのだろう。
 
 少女は同志社大学に入学し、卒業して金融機関に就職した後転職し、そこで知り合った男と結婚した。それから長い時間が経過した。ふとんにもぐり込み眠りに陥る前、耳元で「お時間でござる」という声を何度も聞いた。しかしそれは目覚まし時計の声ではなく少女の声だった。
何をするにも楽しめばいいというものでもないだろう。楽しかったか楽しくなかったかは結果判断である。ドラマがあって楽しい思い出が残ればいい。旅の途上限定でいいから楽しい時を過ごしたいと欲ばっていたため、お時間でござると言われてもまだ早いという気もしていたが、そろそろかもしれないと思いはじめている。

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