Aug. 16,2015 Sun    京都人の密かな愉しみ
 
 芝居のヘタな役者とうまい役者の違いは、演技を感じさせるか感じさせないかだ。演技を感じさせると芝居はくさくなる。名探偵や名捜査官がウソをみやぶるのは、演技とわかるからだ。知っていても知らないふりをする瞬間、目の動きを見てそれとわかるのである。芝居はウソの世界といってしまえばその通りというほかないが、芝居のウソ(演技)を感じさせないところに妙味がある。
 
 「京都人の密かな愉しみ」は正月3日に秋編が放送され、今回8月15日に夏編が放送された。ドラマ終了後、配役名が出てくると、ずいぶん前のヒット曲「京都慕情」がBGMに流される。歌い手は渚ゆう子ではないが。
あの人の姿懐かしい黄昏の河原町(中略)  あの人の言葉思い出す夕焼けの高瀬川(中略)  遠い日の愛の残り火が燃えてる嵐山(中略) 遠い日は二度と帰らない夕やみの桂川
 
 歌詞だけ読むと何の変哲もないけれど、ドラマを見終わったあと歌が流れてくると、京都のさまざまな風景とともに記憶の断片がよみがえる。
「京都人の密かな愉しみ 秋編」については、「散策&拝観」に「泉涌寺雲龍院」をアップしたあとHKからメールが来た。『秋編に雲龍院が登場し、印象に残っていたところ、「散策&拝観」2015年最初のアップが雲龍院だったことに少々驚いた。泉涌寺も雲龍院も行ったことがない』とHKはいう。小生もドラマをみて初めて雲龍院を拝観したのである。
 
 「和菓子の常盤貴子と団時烽ェおもしろかった。常盤貴子がうまくなってきた。古き良き時代を偲ばせる京女の雰囲気もあって魅力的。母親役の銀粉蝶もうまかった。私は常盤貴子の密会相手の修行僧になりたかった。」とHKに返信した。
「雲龍院」の中村ゆり、福士誠治はまずまずとも記したが、中村ゆりの母親役・丘みつ子に言及するのを忘れた。雲龍院玄関で拝観受付をしている丘みつ子は、ほんものの受付とまったくかわりない。演技していないのである。むろんそれだけではない、年頃の娘に接する心のもちようが出色で癒やされるのだ。
 
 丘みつ子は女優としてもいいし、声優としてもうまい。英国のテレビドラマ「第一容疑者」の女警視ジェーン・テニスン(ヘレン・ミレン)の吹き替えを丘みつ子がやっていた。ヘレン・ミレン生涯の当たり役をあんなにうまくやってのけるとは。声の調子と庶民的な品格、せりふ回し。ヘレン・ミレンが日本語を流暢に話すなら、ああいうふうになったろう。
 
 上方女をやれば絶品といえる往年の名女優は山田五十鈴、木暮実千代、京マチ子、淡島千景、香川京子。なかでも若いころの京マチ子、香川京子は色気もあった。香川京子はいつのころからか色気を消した役が増えたけれど、「近松物語」(溝口健二監督 1954)のおさん役では隠しきれない色気に酔わされた。
中年を過ぎたころの京マチ子は濃厚さが増し、芝居も秀逸。京女をやれば右に出る女優はいない。銀粉蝶は京マチ子のたたずまい、しぐさ、せりふ回しを手本にしたのではないだろうか。ときおりそう思わせるシーンが出てくるのだ。さいわい銀粉蝶の役は色気を必要とせず本人はホッとしているだろう。
 
 さて、「京都人の密かな愉しみ 夏編」である。前回と同じメンバーは常盤貴子、団時焉A銀粉蝶。修行僧(雲水)は顔が見えなかったので、今回と同じ俳優かどうか不明。夏編オムニバスは正月放送の秋編オムニバスより全体的に助演者を強化してきた。悪役専門の西田健が意外な役で出ている。
夏編のテーマは水。洛内のおいしい地下水、井戸水、銘水が紹介される。夏らしい怪談もうまく決まり、「陽炎の辻」で時代劇を鍛えられた中越典子の所作も堂に入り、役のハラもできていた。せりふがなくても表情から何がいいたいか読み取ることができるだろう。眞島秀和の珈琲店主もよかった。京都の風俗、文化などに関心を持つ人には見所の多いドラマだ。
 
 ふだんはくさい芝居をする柄本明が、別のオムニバスに息子(柄本佑)が出ているせいか演技をおさえ、くさみを感じさせなかった。それよりなにより常盤貴子、団時烽ェよかった。常盤貴子の着物の着こなし、ちょっとした表情、目の動き、物腰にムダがなく生き生きしていた。
団時烽ヘ宮崎あおいがドラマ「蝶々さん」をやったとき、遊郭の下男・弥助でいい味を出し、いずれ当たり役が回ってくるだろうと予感し的中した。葉隠の「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」が引用されたのも「蝶々さん」だった。
 
 修行僧(雲水)役の俳優(深水元基)、今回は役のガラ、常盤貴子とのイキも合っていた。その呼吸を忘れなければ今後の活躍が期待される。HKへのメールに「修行僧になりたかった」と書いたのは見当ちがいもいいところで、再放送もあるだろうからふれないでおくが、前回秋編の思わせぶりに惑わされてしまった。
前回は続編があるかどうかよくわからないような終わりかただった。それに較べて今回の夏編は誰がみても続きがありそうな終わりかたである。
 
 密かな愉しみとは言い得て妙、演出家の工夫というか洒落っ気が随所にばらまかれ、終盤、団時烽追ってイングランドから上洛する人物(もしかしたらスコットランドから来たのか)もこれはと思わせる仕上げになって、視聴者に密かな愉しみをもたらす。その人物は団時烽フ娘かもしれない。いまのところふたりの関係は不明であるが、女性が絡むことにより団時熾ッするエドワード・ヒースローに幅と奥行きが生まれることは確かだ。
 
 これで続きがなかったら、夏編みた者はがっかりするどころか怒りますやろな。

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