Oct. 03,2015 Sat    テレビ時代劇

 
 NHK時代劇「はんなり菊太郎2」の再放送をひさしぶりにみた。2004年版2は1に較べてゲストが強化されていたせいか、1より断然おもしろかった。特に昨夜の「四年目の客」はゲスト平田満の芝居が傑出していた。むろん、1にもこれはと思うものはあった。2002年11月29日放送の「兄弟(あにおとうと)」の芦屋雁之助。1にゲスト出演し印象に残った女優を記すと、川上麻衣子(11月8日「帰ってきた男」)、清水美沙(11月22日ほんまの母」)、宮本真希(12月13日「京の女狐」)。
 
 「四年目の客」のなかで菊太郎の言うせりふに「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」(葉隠)があり、「ほんとうに言うてしまうと恋の背丈は低くなる」と続く。真摯な恋にふさわしい文言である。
 
 2007年版「はんなり菊太郎3」では、池上季実子(1月18日「濡れ足袋の女」)。池上季実子で思い出すのは1995年9月〜96年3月に放送されたNHK金曜時代劇「とおりゃんせ」。原作「深川澪通り木戸番小屋」、脚本は大野靖子、主な出演者は池上のほかに神田正輝、林隆三、大木実。
ナレーターは平田満、エンディングはおおたか静流の歌「水の恋歌」。水の恋歌は歌詞もロクにおぼえていないし、平坦なメロディであるのに、平坦であるがゆえにドラマの余韻が残り、心の風景がみえてくる。「とおりゃんせ」で意外だったのは、大根の神田正輝がニン、ガラともに木戸番の役に合っていたことで、神田の生涯の当たり役となった。
 
 池上季実子の時代劇のうまさは定評があり、特にこの木戸番の妻はよかった。しっとりして香気が立ち、わけありなのにわけありを感じさせないうまさがあった。最初からわけありとわかるような芝居は芝居ではない。林隆三のバリトンのきいた声は魅力的で、芝居もすばらしい。昨年死去したのはほんとうに惜しい。当代片岡仁左衛門との親交もあった。
助演陣でひときわ光彩を放っていたのは大木実(1923−2009)である。往年の二枚目俳優が老いて庶民的な役をやると見事な渋みを出す。人情時代劇に欠かせない役者大木実は元来照明助手で、約10年照明係として働き、先輩女優木暮実千代の紹介により俳優の一歩を踏んだ。
 
 思い出に残る時代劇のひとつに「柳橋慕情」(2000年8月ー12月)があり、主役の若村麻由美がよかった。主な共演者の吉田栄作、田中実(1966−2011)の出来はまずまずといったところで、若村のほかに出色だったのは内藤武敏(1926−2012)、織本順吉である。晩年の大木実、内藤武敏のような役者の輩出は今後難しいだろう。
そして途中まで出ていた金久美子。金久美子は2004年、45歳で亡くなった。6歳年上の銀粉蝶が健在で活躍しているというのに。市毛良枝もみるべきものがあった。「花燃ゆ」の幾松でいいところをみせている雛形あきこも出ていたが、あのころに較べると月とすっぽん。「柳橋慕情」の脚本も大野靖子だ。
 
 人情時代劇がなぜおもしろいかの理由は書き記さない。読むよりみるほうがはるかに説得力はある。原作はすばらしい、が、すぐれた脚本とうまい役者がそろえば原作を凌駕する。そこが役者の人間力なのだ。
想像力では補えない肉体と声(せりふ)の変化、間を肉視聴聞することによって魔法の粉がふりかかる。近年では映画「リスボンに誘われて」が原作を凌駕している。むろん、原作は読んだ。ドラマ・映画の名品が原作を凌ぐことについては「リスボンに誘われて(2)」にしるしたので繰り返さない。
 
 高島礼子の「御宿かわせみ」(2003−2005)もよかった。高島礼子の出た時代劇はほかにもあるけれど、多くはニン、ガラともに適役といえず、「御宿かわせみ」の庄司るいだけが突出している。るい役はかつて真野響子、古手川祐子、沢口靖子がやった。高島礼子のるいと較べればみな色あせる。
庄司るいは高島礼子の当たり役である。共演した中村橋之助はいつもの調子。写楽の版画から抜け出したような面立ちの橋之助が時代劇に合わないわけはない。草刈正雄は神林通之進役で新境地を拓いた、役所広司がドラマ「宮本武蔵」の武蔵役で新境地を拓いたように。
 
 歌舞伎役者の言う「できた!」は「役者がそろった」の意で、勘三郎や先代又五郎などが舞台で時々言っていた。すぐれたドラマはまさにこの「できた」にほかならない。さすがに先代又五郎は最年長だけあって「できました」と言っていた。
早坂暁脚本のテレビドラマ「花へんろ」(1985−1988)は時代劇ではないが秀逸。このドラマも助演陣がすばらしかった。下條正巳、殿山泰治、沢村貞子、中条静夫、加藤治子、永島暎子など。早坂暁の親友・渥美清がナレーターをやっていた。「役者がそろった」芝居のおもしろさは格別である。
 
 さて「はんなり菊太郎2」である。再々放送ははじまったばかり。レギュラー陣で注目したいのは香川京子。京女をやれば京マチ子に続くうまさであり、役柄によっては京マチ子をしのぐこともあるし、当然のことながら演技を感じさせず、「はんなり」を地でいく役者なのだ。
主演の内藤剛志はたまに芝居しすぎる感はあるけれど、役のハラと自然な思い入れもあり好演。菊太郎はまさしく当たり役。助演では渡辺徹が時代劇「腕におぼえあり」(1992−1994)に続いてがんばっている。その女房東ちづるが望外の出来。現代劇では元気すぎてよくない東ちづるが時代劇でみせる意外性とでもいうか。田中邦衛は冴えない夫を地味にやっている。
 
 この秋おもしろそうな時代劇がはじまらないかなと待宵草だったが期待外れ。NHKもそれがわかっているから再放送に力をいれるのかもしれない。現代劇のほとんどがつまらない昨今、時代劇の逸品を連続ドラマの形でつくってもらいたいものだ。人情時代劇にこしたことはないが、そうでなくても構わない。
「花燃ゆ」のような大河ではなく、「花燃ゆ」の高杉晋作、銀姫がうまい芝居をしたようなドラマを。あるいは役所広司が武蔵の心の深淵をのぞいて見事に演じた「宮本武蔵」(1984)のようなドラマを。
 
 
☆画像は「はんなり菊太郎2」の「ほんまの母」のロケに登場した安楽寺石段。内藤剛志と田中邦衛がここに座って話をするシーンがありました☆
 

前頁 目次 次頁