May 23,2011 Mon    記憶

 
 すぐれたドラマが自分の役割の何たるやを示唆するように、親しい人間の集まりは自らの行動の意味を位置づけてくれる。人生に同じ出会いが二つとないように同じ別れもない。なつかしさは旅の途上で出会った人のごとく、忘れても夢にでてくる顔のごとく、満ち足り遠ざかってゆく。過去は無数の哀歓、怒りにも似た嗤い、耐えがたい苦痛、極度の緊張がひしめきあっている。人生はいましがた告解を終えた人間が告解席から修道院の扉に向かう通路である。何を告解したのかわからず、扉はみえても通路はみえない。
 
 画像の彫像左手は帆船を持つ。人が船に乗っているのではない、船が人に乗っている。海洋王国ポルトガルの面目躍如である。大航海時代、リスボンから頻繁に出航した船はアフリカ、アジアを股にかけ、ポルトガルに大きな富をもたらす交易船の建造で多くの森が伐採された。造船に適した樹木という樹木が森から消えた。
 
 過ぎ去りし日の栄華をいまに語り継ぐことはできる。しかし森は再生しなかった。彫像がこころなしかうなだれているようにみえるのは、過去の栄光を偲んでのことか、再びかえらぬ何かを悔いてのことか、彼はただ黙って立っている。ポルトガルはたしかに凋落した。だが見る影もなく零落したのではない、いまも十分に見る影はあるのだ。過去の栄光はいまなお高貴で華美な影となって多くの旅人の心をとらえてはなさない。
           
  5月21日、MY君と話す機会を得た。2年ぶりだった。後輩たちに期することも多いことを私が押しつけがましく話していたのをとなりで聞いているふうだったが、何を思ったのか突然、「タハラさんにも来てもらいたいですね」とMY君はいった。5年前の初夏、女性判別にやかましいKY君に「タハラさんは別格として」といわしめたその人のことである。古美研随一の美女はだれだったかについて話したとき、HKと私が意中の女性をないがしろにして賛同したのもタハラさん。
 
 五月の風のようにさわやか、聡明なのにひかえめ、いや、聡明だからひかえめなのか。人の話を聞くときは伏し目がちに聞き、自分が話すときは相手の目をみて話す。その所作のわずかな変化にもいいようのない情趣と潤いがあった。そしてなにより動かしがたい品があった。
美女の多くは自らを特別な存在であると意識するけれど、また、周りもそういう扱いをしがちだけれど、タハラさんが自分を特別視していないのは目でわかった。別格の容姿をそなえているにもかかわらず外装も心も清楚で自然、ムダな動きがなかった。だから美しかったのである。
 
 語られなかったことのなかに真実がある。人は、真実を語らないことによって真実が何かを暗示してしまうのだが、そのことに気づかないまま過ごす。私たちは彼らの沈黙に真実を見いだすのである。なつかしさは別格である。記憶の共有はたった一つの話題を瞬時に輝かせる力を持つ。夜空に瞬く星のほとんどは数百光年の距離にあり、銀河では遠くをみることは過去をみることである。
 
 他者を癒やすことのできない種類の人間であると思ってきた私は他者を癒やすことのできる人たちを求めた、HKやMY君のような。自分自身がいわゆる癒し系でないのはしかたないとして、他者を癒やすことが天命である人たち必ずしも癒やされないのがくやしい。
そういう思いをつかの間忘れさせてくれるのがMY君やHKとの語らいである。くやしさもつらさも隣人である。支えていると思っていたら支えられている。間違いを楽しさに変えてくれるのが記憶の共有であり、百の雑談より一の語らいに救われるのはお互いの気持ちがつながっているからなのかもしれない。

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