Dec. 25,2017 Mon    旅、そして旅(4)
 
 旅の密かな愉しみにも経年変化があって、20代から30代前半は歴史と美術に入れ込む傾向が強かったように思う。そのころ若年世代に流行した造語「何でも見てやろう」にはまったく興味はなく、見たいものを見るだけで十分だと思っていたし、各国の首都や大都市にも関心はなかった。大都市はどこも差がなく、人と車があふれているし、空気は汚く水もまずい。
 
 それに大都市は田舎から出てきた人々が多く、田舎者であることを隠すためかどうか都市住民を装って素っ気ない。首都に住んでいるから偉くなった気分の者もいて始末がわるい。その傾向は特にパリ、ウィーン、ローマ、東京に顕著である。何世代も前から住んでいる人はそういう人々と一線を劃しているけれど。
 
 東南アジアを旅しているといわゆる華僑に出会う機会がある。接客業を営む華僑(オーバーシーズチャイニーズ)のほとんどは、業種のせいだけでなく本土を離れそこまでたどり着いた、周囲の人たちになじまねばならないという心情が根底にあるからなのか、異国の旅人に対する姿勢はおおむね謙虚で丁寧、本土のチャイニーズとの差は歴然としている。
 
 ヨーロッパには心情は異なっても似たような姿勢で来訪者に接する国がある。観光立国スイスだ。国民一人あたりの名目所得8万ドル強はルクセンブルクに次いで世界2位(日本は190ヶ国中22位)、経済のゆたかさが余裕を生み、金持ち喧嘩せずということにもなるが、町並の美しさへの誇りが謙虚な姿勢に反映されるのかもしれない。
アフガニスタンは582ドルの179位、最下位(190位)は南スーダンの244ドル。あまりにも差違が大きすぎて、貧富の差などと気安く言えるものではないだろう。それでも私の知るかぎりアフガニスタンの人々は貧しくても誇りを失わず謙虚である。ときおり思うのは、渡航費用を税金で支払ってでも、わがままで自己中心の輩をまとめて南スーダンに送って生活させてみればよいものを。
 
 30代半ばから40代前半、ヨーロッパと東南アジアの名門ホテルの魅力に惹かれ、あえてそういう宿に泊まる旅をしていたことがある。ここでいう名門は高級とは異なる。創業100年以下のホテルは名門とはいえず、昨今、首都や大都市でばい菌のごとく増殖している似非高級ホテルは単に宿泊料金が高いだけで名門の名に値しない。
 
 名門ホテルとそれらのホテルとの大きな違いは、歴史の新旧もあるけれど、働いているスタッフの質の違いによる。レセプションの意匠、客室の内装などに高級感はあっても、従業員は低級感に満ちている。笑顔がわざとらしいのも、顔と裏腹の生意気さも人間の質がよくないからだ。35年前ならホテルオークラがそれに該当した。
ホテル業界でもオークラのベルボーイの生意気さは有名で、東京のオークラに2度泊まった経験からいえば業界の噂は正しい。しかもベルボーイは二面を使い分け、同胞に対しては生意気、欧米人に対する姿勢は昭和20年代の占領時代を想起するへりくだった恭しさなのだ。
 
 時代をへてオークラの評判に変遷があったかというと、馬鹿々々しくて宿泊しないが、ベルボーイの態度はお世辞にも改善されたとは言い難い。要するに慇懃無礼なのである。
むろん、なかにはそうでない従業員もいるので、ぜんぶがぜんぶということではないけれど、宿泊料金が高い=高級と考える人も少なくなく、従業員のなかには自分が高級に、あるいは偉くなったと心得違いする者もいる。偉くなったと思い込んで態度が大きくなるのは明治期の官憲並み、京都人や江戸っ子から田舎者とバカにされるだけなのに、まったくわかっていない。だから余計バカにされる。
 
 近年ではインターコンチネンタル系やペニンシュラ系、リッツカールトン系ホテルが昔のオークラに似ている。その昔、香港の名門ホテル「ザ・ペニンシュラ」は20世紀初頭の古き良き英国をしのばせる雰囲気があった。それはホテルのスタッフがかもしだす流麗な物腰、優雅で的確な接客態度に負っている。
しかし香港ペニンシュラも25年ほど前から質が落ちた。団体客を受け入れるようになったからだ。1997年、香港が中国に返還され、成金チャイニーズが押し寄せ、さらに質は落ちたと思われる。
 
 サービス業の歴史が浅く、ほんとうのホスピタリティの何たるやがわかっていない日本の新参ホテルには学習すべきことが多く、範を求めるならヨーロッパ、特にスイスのボー・リバージュ(ローザンヌ)やドルダー・グランド(チューリッヒ)などの名門ホテルである。1泊4万5千円以上支払って、これはと賞讃できるホテルがスイスには存在し、日本には存在しない。
 
 ヨーロッパの名門ホテルのスタッフは、5万円の宿泊客も20万円の客も分け隔てしない。当然のことなのだが、そうはならないのが日本の高級ホテルである。
ミシュランがアテにならないのは、スタッフの質がよくないのに高級感と部屋の快適性、ミニバーや24時間ルームサービスの有無でホテルの格付けをおこなうことである。そういう点も含めてミシュランの欠点は拙速にある。ミシュランにはレストランの食器やテーブルクロスが重要かもしれない、が、スタッフの質をみなければ真の案内本にならないだろう。質の見極めはときとして時間がかかる。
 
 スイスの名門ホテルについては、宿泊客の多くがリピータで、そうした常連客のほかに老舗企業グループが年間契約で部屋を押さえており、一般客にふりあてられる部屋数はむしろ少ない。
高名なスイス銀行や世界有数の企業グループへの所用、国際会議開催など、とかく利用頻度の高いチューリッヒ、ジュネーブのホテルには観光客の関知しない特殊な事情もある。その話はともかく、スイスにある名門ホテルの見事なホスピタリティは、従業員の所得の高さに比例せず、地位、配属先にも比例することなく機能する。
 
 そのあたりの状況を鑑み、高額な宿泊料を払っても望ましいサービスを享受できない日本国ホテルめぐりを16年前にやめた。名門でも高級でもない小さなホテルに優秀で懇切丁寧なスタッフのいることを経験で学んだからだ。
かれらは宿泊客が望むであろう迅速、的確、快活、丁重などの対応力をそなえており、一例として京都御所蛤御門前のホテルを挙げる。
 
 ホテル名を明かさないのは、名が知れわたると室数限定のインターネット早割プランに予約が殺到し、いざというとき手配しにくくなるから。英国には低料金でステキな小規模ホテル、家族経営のB&Bがいっぱいある。そこでは料金より高いサービスが受けられるのだ。料金より低いサービスしか受けられぬ日本国のホテルとは雲泥の差だ。
 
                                   (未完)

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